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クロスステッチの魔女と中古ドールのお話  作者: 雨海月子
35章 クロスステッチの魔女と魔都の生活

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第807話 クロスステッチの魔女、お手本を見て作ってみる

 お風呂と夕食を楽しんだ後は、お手本を広げてみることにした。どれほど難しそうなのかを確認してから、やれそうならそのまま作業をするし、難しそうなら明日の朝から。《灯火》の魔法自体は、私も何度も作っていて難しい魔法ではなかった。問題は、厳密な指定がされているということだ。


「しかも、刺繍じゃないし……」


 美しい形や色、それらを合わせて魔法とする。ゆえに、特にこういった簡単な魔法は、流派を超えてもあまり図案が変わらない。編み物が描いた絵図を、刺繍で再現するだけなのだ。


「ん~~……」


「とりあえず、作ってみたらどうですか? 用途に足りなければ、ご自分で使えばいいわけですし」


「ああ、それもそうね」


 《灯火》の魔法なら何かと用途がある。ランプを一々灯す方が面倒だったり、手が塞がっている移動をするときだ。まあつまり後半は夜の移動なのだが、《灯火》は本当に周囲しか見えないから、私は怖くて夜間にはそもそもあまり箒には乗らない。

 お手本を眺めたり、触ったりを繰り返していた後、私はとりあえず、一度作ってみることにした。指先から伝わる、お手本の魔力の感触。それに近くなるように、刺繍を刺す時に普段はあまり考えない魔力の運用を考える。いつもなら特に考えず、刺す時には自然に魔力を込めているのだ。最後にもう一度魔力を込めることによって、魔法は改めて発動する。今回の《灯火》なら、常に光っていては正直困るし、作り途中の魔法に対して魔力を注ぎすぎると、暴発するかもしれない。


「魔都でも、昼間に魔法事故があったみたいだし……」


 もちろん、ここは魔都だ。作り途中の魔法が暴発するなんて初歩の誤りをするような魔女は、ここにはいないだろう。新しい魔法の開発中には事故が付き物だから、それだろう。パンの味を変えると言った初歩の魔法弄りではない、本物の新規の魔法なら、魔都に住む魔女でも事故が起きて仕方がない。


「うーん……微妙」


「そうですか? いいと思うんですけれど」


 私は魔力の調整をしながら、なんとか《灯火》を刺しきった。けれど、自分としては出来栄えにも、魔力にも納得がいかない。いつもと違うことをしていたから、糸が撚れたり刺繍の魔力にもムラがあるような気がする。

 ……気がする、程度の話だとしても、こんな出来栄えの物を納品なんて当然できなかった。とはいえ、勝手はわかってきた気がするので、私はそのまま二つ目の作成に取り掛かる。一度見た窓の向こうでは、月がかなり上に昇っていた。

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