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クロスステッチの魔女と中古ドールのお話  作者: 雨海月子
34章 クロスステッチの魔女はお上りさん

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第801話 クロスステッチの魔女、借り物を試してみる

 まずは試作も兼ねて、カバンひとつ分を縫ってみることにした。中身の刺繍を仕上げて一息つくと、もう夕食にはかなり遅い時間になっている。カバンから魔法でパンでも出そうか、と手を入れたところで、キャロルが「あるじさま、これを」と木箱を出してきた。


「この宿の名物料理だと、エリー様が配り歩いておりました。あるじさまのように、作業に没頭して食事を食べに来ない魔女のために、冷めにくく作っておられるそうですよ」


 箱自体が《保存》の魔法の模様を刻まれていて、中身を保つための特別な容器らしい。ありがたく開けてみると、シチュー皿の上にパイで蓋をされた器と匙が出てきた。


「中身は……まあ! これは初めて見る料理ね、器にパイが貼り付いているだなんて、変わった料理」


 匙でパイの蓋を破ってみると、中からほわりと湯気が立ち上った。器にはなみなみとシチューが注がれていて、その匂いと温もりをパイが封じていたらしい。面白い料理で、私は気に入った。家でも焼いてみようと思う。


 おいしい食事を、夕食――というには遅いだろう時間にとってしまったら、眠るのももったいなくなった。お風呂に入ると寝てしまいそうになるから、このまま作業を進めることにした。そう、借りてきた針の真価を見ることを、先にすることにしたのだ。革を縫う時の頑丈な指抜きをつけて、針を持ち替える。刺繍をした布と革とを抑えて、まず、ひと針試してみた。


「わぁあ……」


 思わず感嘆の声が漏れる。革、それも牛の革とくれば、目打ちで穴を開けるのも大変だ。そこから針で刺すにしても、クロスステッチ用の布の穴に針を通すのよりはずっと難しい。革にはまち針を刺すわけにもいかなくて、布と革との間には貼りつき粉をよく練って、少し噛ませてあるのだ。もちろん、これはその近くを縫って必要がなくなれば、後で取り出す。貼りつき石の粉を水で練ったそれは、何度でも練ればよく貼りつくから重宝していた。完全ではなく、その気になれば魔力で簡単に剥がせるのもいい。


「キーラさま、お気に召したようでよかったです」


「そうね、これはいい物だわ」


 私はラトウィッジにそう言いながら、もう一度針を刺した。これも、薄手の布同士で縫っている時のように簡単に通る。けれど革の匂いはするし、糸だって革用に蝋を引いて指通りが違う物だ。なんだかすごく不思議な感じがした。


「この針、買って帰ってもいいかも!」


 あの店はこういうことがしたくてやっているのだろう。まんまと引っかかってしまったような気をするが、使い勝手は本当によかった。

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