第796話 クロスステッチの魔女、友達ができる
かぎ針編みの魔女ロザリアとは、エリー様が他のお客さんの対応に行ってしまってからも、ぽつぽつと話をした。彼女の《ドール》はララという名前で、焼き菓子を作るのが上手らしい。
「うちのルイスは、紅茶を淹れるのが得意なの。ルイスの紅茶と、ララの焼き菓子を合わせて楽しむお茶会をするのはどう?」
「それは、悪くない考えですわね。いえ、とてもいいですわ」
かくて、そういうことになった。まあ流石に今からでは焼き菓子もないということで、今度焼けたら、という約束になる。お互いの《名刺》と水晶の波を交換して、いつでも話ができるようにもした。
「キーラ、あなたはどうして魔都に来たんですの?」
「観光かなあ。長くて厳しかった冬の間、ほとんどずーっと閉じこもってたんだ。普段はあまり雪が降らないような土地に、物凄い大雪が降って、外になんて出られなかったから……遠くに行きたくて。それで、名前を聞いたことしかない魔都を、見にいくことにしたの」
「確かに、この間の冬はおかしかったですものね」
こちらでは降るべき雪が降りませんでした、とロザリアは話してくれた。いつもなら真っ白に積もるはずの雪が少ししか降らず、代わりに、骨身に沁みるほど寒かったらしい。
「ああ、雪って意外とあったかいものね……」
「実感がこもってますわね」
「前は、そういうところに住んでたのよ」
雪が降って積もってしまうと、意外と熱はこもるのだ。これは、雪が少ない土地の人には中々通じない話なのだけれど。それがない時には、大雪とは違う種類の寒さが襲ってくる。骨をかじるような寒さは、あれはあれでキツい。今暮らしているあたりは、雪がなくてもそこまで寒くならないから、本当に住みやすい土地だ。
「だからわたくしも……似たようなものかしら。冬が明けたら、全然違う場所に行きたくなったの。一緒ですわね」
ロザリアはツンとした『お嬢様』の名残が強い人なのに、まるで前からの友達であるかのように、私に笑いかけてきた。そうね、と口と顔で合わせつつ、頭の中ではあの縋る手と声が思い出される。
(お師匠様が助けて、遠ざけてくれたのをいいことに。私はあそこから逃げて、さらに魔都まで逃げてきてしまった、と言えるのかもしれない)
こんなこと、他の魔女には言えないだろう。言えるとしたら……お師匠様か、グレイシアお姉様か。少なくとも、会ったばかりのロザリアではない。
「これで夏までおかしかったら、私、精霊に文句を言ってやりますわ」
ロザリアの方は笑い混じりに、そんなことを言っていた。




