第781話 クロスステッチの魔女、旅の計画をする
あれから、しばらく街には近づかないことにした。どんな顔をして人々に会えばいいか、わからなかったからだ。
「またどこか、旅に出ようかな」
「いいんじゃないですか? 僕は賛成です」
取り立てて今、引き受けている仕事もない。家賃も送った。私がこの家をふらりと開けても、咎める人は誰もいない。
「この間、倉庫とかカバンの中を色々と整理したでしょう? あの時に、やっぱり足りないなーってのもいくつか出てきてね。すぐ使う予定はないんだけど、あって損はない、ってところのが、いくつか」
今、急いで採りに行く必要はない。それが半年後でも来年でも、そんなに困らない。春先に採れたら理想的な素材もあるけれど、箱庭に植えてしまえば季節を多少調整することはできる――難しそうで、あんまりやったことはないけれど。一応、可能なのだ。ちなみに何もしなければ、箱庭の空気は植えた植物がよく育つように整えられる。山の上に咲く花の側では空気を薄め、水辺に生える草には土に水を滲ませて。わざと違う環境に置きたかったら、そのためには自分で環境を整えるしかない。
「あるじさま、おひっこしとかするのー?」
「そこまではいいかな。でも今、他の場所を見てみたいの。春の風に乗って、違う空気を吸ってみたい」
「わたくしは、よいことだと思います」
「キーラさまについていきます」
《ドール》の皆も賛成してくれたので、どこに向かうかを考えることにした。……とりあえず、街に通りがからない方角から始めたい。前に買っていた魔法の地図を取り出すと、今を知るために魔力を透かし模様へ流し込む。
危険を示す赤い印は、前と位置を変えながら増えていた。それらの位置に通りかからないように気をつけることにしながら、行き先を考える。
「マスター、ここはどうですか?」
「あっ」
ルイスが何気なく示したのは、赤い印が近くどころか、この家のあるあたりからほとんどない場所。海の上に浮かぶ島のようなそれには、美しい飾り文字で「魔女の都」と書かれてある。二重王国であるエレンベルクの王都が人間の都なら、ここは魔女の都だ。確かに、行ったことはない。魔女試験の会場とターリア様のお城は、魔都の中でも専用の魔法で行く特別な場所だからだ。
「そうね、そういえば行ったことないわ。せっかくだから、行ってみましょうか」
決まったのなら善は急げ。お師匠様に分けてもらった紅茶や、うまくやれれば売れるだろう上手にできた糸や布や、もちろん魔法や、道中の野営道具。それにお金をまとめて、旅の支度をした。




