第774話 クロスステッチの魔女、人々に縋られる
あまりにも手を伸ばされるので、私は魔法でパンを作ることにした。何個も何個も、今使っているパンの魔法でパンを出した。ある種、彼らの空気にあてられていたのかもしれない。ルイスはずっとピリピリしていたし、アワユキとキャロルは私の服に隠れていたし、ラトウィッジも厳しい顔をしているのは、私の視界の隅に入っていた。
「キーラさま」
こそ、とラトウィッジが私の耳に囁いてくる。私は目の前の人にパンを渡していて、次のパンのために魔力を込めながら「なあに?」と聞き返した。
「アルミラさまを呼んできます。ルイスのあにさまがそれまでの間、キーラさまをお守りするって」
「守ってもらうほどのことじゃないし、お師匠様を呼ばなくても……」
「絶対そうするべきって言ってました」
そう言って、ラトウィッジは私が止めるより早く、ふわりと飛んで行ってしまった。空気を蹴って、矢が飛んでいくように素早く飛んでいく。いつの間にか、あんなに上手になっていたなんて。
「早くおくれ! うちの子がお腹を空かせているんだ!」
「ああ、ちょっと待って!」
ついつい感慨にふけっていると、誰かに急かされて私はまたパンを作り始める。大きめのパンを一、二個作って渡して帰る人もいれば、まだ帰らずにもっともっとと手を伸ばしてくる人もいる。
「おい、お前さっきお弟子様からパンもらっていただろ! 帰れよ!」
「これは母ちゃんの分なんだ!」
「あぁあなんか揉めてるけどどうしようこれ……」
生憎と、私は集団で揉めている人達を仲裁することなんてできない。やったことないし、どっちの見方をするべきかもわからないからだ。その間にもパンが欲しい人、もう貰っているのに欲しがるけど理由があるという人、それを怒る人、もうなんでもありで、私の判断力も鈍ってきていた。とりあえず、パンを作って目の前の人に渡すことしかできない。
「マスターに危害を加えるようなら、お覚悟ください」
「ルイス、みんな一生懸命なんだから剣を抜こうとしないでね!?」
人ごみの向こうでは、揉める声が大きくなっている。「魔女様がパンをお配りしているんだって」という言葉に、さらに人ごみに参加する人が増えているのがわかった。どうしよう、なんだかとんでもないことをしてしまった気がする。こうも人が沢山いる中では、箒に乗って飛び上がることもできない。場所がないからだ。
「……まったく。今度は一体、何をしているんだい」
しばらく必死になってパンを作って目の前の手に渡していると、上からそんな声が振ってきた。




