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クロスステッチの魔女と中古ドールのお話  作者: 雨海月子
33章 クロスステッチの魔女と大雪の冬
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第772話 クロスステッチの魔女、春を眺めに行く

 待ちに待った春。晩冬最後の贅沢パイを食べて春の訪れを祝った後、私は箒でふらふらと出かけることにした。アテはあるようでない。今すぐ街に行っても物がないだろうから、迷惑をかけてしまうからだ。あの街の人が頼る魔女は、どちらかというとお師匠様だし。


「みんな、箒でなんとなくお外に春を眺めに行くことにしたわ」


「剣とかはいりますか?」


「あー、新鮮なお肉はありかもしれないわね。ウサギや小鳥の一羽くらいは、きっと許してくれるでしょう」


 なんたって、せっかくの春なのだし。やっぱりあれだけの雪の後だと、私も浮かれていたようだった。今日は採取道具を一通りカバンに入れたままにしているけれど、あまり何か目当てがあるわけではない。もう雪解け水は土と混じってしまって、どんなに漉しても必要な純粋さを保てなさそうだった。

 私は早速みんなを箒に乗せて、ほとんど冷たくなくなった地面を蹴って浮き上がる。魔力を込めた箒が浮き上がって、ふわりと春の風に乗ったのがわかった。ゆっくりと歩くくらいの速度で、私たちは空を飛んでいた。


「おひさま、あったかいねえ」


「あったかいわねえ。ほら、春告げ鳥も楽しそうに歌っているわ。魔法で聞かなくても、浮かれているのがよくわかる」


 チチチ、と楽しそうに鳴き交わしながら、春の訪れを喜んで飛び回る鳥達がいる。青い羽や黄色い羽、緑の羽をおひさまの光にキラキラとさせて、暖かい空気と緑の木陰、おいしい虫達が帰ってきたことを告げて回っているのだ。エレンベルクではこの鳴き声が聞こえれば、どんな頑固者も春の訪れを認めるという。気が早かったり、私たちのように別の何かで春を感知する者もいるけれど、閉じこもって冬をやり過ごす人達に一番わかりやすいのは、やっぱりこの鳥の歌声だ。


 足元の野山は、大体が黒かった。本当に春の最初にしか、見られない色だ。もう少しすれば本格的に草が生え、葉が茂り、山々は緑や……色とりどりの花に覆われるだろう。


「黒い土が剥き出しになっている姿に春を感じるのはあんたくらいじゃないか、って言われたけど……そんなことはないと思うのよね。あ、何か動いてる!」


 少し箒を下げて目を凝らすと、春告げ鳥の声に誘われて、何種類かの動物が歩き回っているのが見えた。きっと、これから生えたばかりの新芽を食べて、冬を生き延びたことを喜ぶのだろう。


「狩りますか?」


「一匹くらい、と思ったけど、越冬直後は痩せててあんまりおいしくないのよ。今は見てるだけにしましょう」


 私達はしばらくの間、木々の隙間から見える動物達を眺めていた。

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