第770話 クロスステッチの魔女、冬の終わりを過ごす
新しい茶葉は一日一杯だけにする、という取り決めは、思っていたよりも大変なものだった。特に今は寒いから、熱い飲み物が恋しくなる。そんな時に新しい茶葉の香り高い空気があるのは心地いいものだったのだと、茶葉が乏しくなってから初めてわかった。
あの時勧められた紅茶の方を、パンを齧りながら朝に一杯。普段よりいい茶葉を買っていたからか、あるいは紅茶というものは案外やれる子なのか、その後の二杯くらいはまだ飲める味の紅茶になった。
「雪が溶けてきたから、今日は雪解け水を掬いに行くわ。土が混じらないように濾して、とびきり綺麗な水にしたいから手伝って」
「「「「はーい」」」」
その日は外に出て、雪解け水の水たまりの上澄を掬って回った。雪を暖炉で溶かしても同じような水は取れるけれど、火で溶けたか日で溶けたかで、水の質は変わるらしい。これは飲んだり洗い物に使う水ではなく、魔法に使うための水なので、採取にも気合が入る。日で溶けた雪解け水の使い道は、本当に沢山あるのだ。思い出せていれば、前の年から汲んでおけたのに。
「雪解け水の水たまりの、表面だけを掬うの。水たまりを欲しがる生き物は沢山いるから、彼らの分を奪い尽くすことはできないわ。それに、下の方は土が混じるからダメなの」
欲しいのは、混じりっけのない澄んだ雪解け水だから、下の方まで掬って土を混ぜたくはない。みんなにもよくよく言いつけておいて、私は魔法の元になる雪解け水を掬った。近場の水たまりの表面を粗方撫でるようにして掬った後は、それらをたっぷりの布でよくよく濾す作業が待っている。当然、そんな作業に穴を開けるようにして作られているクロスステッチ用の布が使えるわけがない。なので、それ以外の手持ちの布から、びしょびしょに濡らしたり汚れがついてもいいものを選ぶ必要があった。
「後でこの分は織らないと……糸あったかしら」
そんなことを呟きながら、私は五枚の布を段々目が細かくなるように並べて、新しい白い石製の壺の蓋にした。太鼓の皮のようには張らず、中で撓むようにしておいて。その上に、今回掬ってきた雪解け水をかける。時間をかけて濾過されていくのを、じっくりと待つのだ。
「マスター、また明日、雪解け水を採りに行ってみてもいいですか?」
「いいわよ。採りすぎないようにね」
ただでさえ少量しか採れていないのに、漉せばどうしても量は減る。ルイス達が追加を採ってくれるなら、嬉しかった。




