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クロスステッチの魔女と中古ドールのお話  作者: 雨海月子
33章 クロスステッチの魔女と大雪の冬

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第767話 クロスステッチの魔女、春が近づくのを知る

 少しずつ、春の足音は近づいている。雪は降ったり止んだりを繰り返しながら、それでも春に近づいていく。あの猛吹雪の日以来、身の危険を感じるほどの雪は降らなかった。この辺りでは例年通りの量の、重く湿った雪が降り積もる。けれど、何度か雪解け水を汲みに出た私の足跡を吹き消すほどは、積もらなかった。ここの雪は、こういうものだ。


「備えろ、って言われていた災いは、もしかしてあの吹雪だったのかしら」


 私にはそこまで『災害』ではなかったけれど、雪に慣れていない魔女や人間には十分『災害』なのかもしれない。なんてことも思いながら、晴れた日には洗濯をする。採取袋の中を点検し、《魔女の箱庭》で育った花や熟した実を刈り取り、物によっては天日干しに挑戦する。――これは、《乾燥》の魔法も使わないとうまくできなかった。多分、雪は溶けると水になるから、空気とかが少し、湿っていたからだろうか。

 編み物の練習もした。結局、本の写しだけではどうにもよくわからない部分も多かったけれど、簡単な作り目と表編み、裏編みだけならできた、ような気がする。とはいえ人の編んだものなんて随分見ていないし、編んだものが私の知っている編み方かもわからないので、正解は謎のままだ。それでも魔力もない毛糸だから、最悪ほどいてしまえばいいというのは魅力的だった。多少の癖はついてしまっているだろうけれど、そのまま再利用すればいいのだし。


「刺繍だと、布の穴が大きくなるからあんまりやりたくないのよねぇ……見栄えも悪いし」


 そんなことをぼやきながら、気に入らない出来栄えの編み目を何個かほどいて戻す。魔法を編むほどのことはできないし、やる気もないけれど、ちょっとしたものを自作するくらいならいいかもしれない。私は刺繍の魔女であって、編み物の魔女ではないものね。


「主様ー、主様、雪溶けてきたよお」


 そんな日々を過ごしていた、ある日のこと。勝手に窓から飛び出したアワユキにそう言われて見てみると、確かに、一部の雪が溶けて黒々としていた。土が見えているのだ。


「本格的に、春が来るわねえ」


 雪が消えたら保存食を開けてスープにしてから、果実が採れたらパイを焼いてもいい。近くの森や街や村を飛び回り、住民と春の挨拶をするのも悪くない。

 厳しい冬と大雪に慣れていたはずの私でも、今年の冬は久しぶりに重くて大変だと思ってしまった。だから、春が来るのが待ち遠しく、やりたいことを指折り数えてしまう。

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