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クロスステッチの魔女と中古ドールのお話  作者: 雨海月子
33章 クロスステッチの魔女と大雪の冬

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第755話 クロスステッチの魔女、行き倒れを見送る

 ジャックがどこでどんな暮らしをしていたのか、そういうことは聞かなかった。雪の中を歩いていた理由も。興味はあったけれど、彼は私に助けを求めていなかった。魔女であると知った、今でも。こういう人を、高潔か誠実、あるいは意地っ張りというのだろうか。どちらにしても、下手な嘘を吐かれるよりは好感が持てた。


『キーラ、いるかい?』


「んくっ……はい、なんでしょうか?」


『今からそっちに行くよ』


 お師匠様に渡せるならあれにしよう、と決めていた、丁寧に練習で作っていた魔法の包みを懐に入れた。ジャックには「今からお師匠様が、多分あなたを引き取りに来るから」と伝える。風が唸りを上げている中でどうやって、と不思議そうな顔をしているジャックに説明するより早く、私の家の玄関扉が向こう側からひとりでに開いた。


「まったく、ひどい雪だよ! こんな大雪、百年に一度あるかないかだ……少し早いけど、新年おめでとう、あたしの弟子」


 口ではそんな風に言っているけれど、私の家の扉の向こうに広がっているのは、お師匠様の家の景色だ。あちらでは夕食が終わり、食後のお茶を用意していたらしい。カップがひとつ多かった。


「急患は大丈夫だったんですか?」


「あたしを誰だと思っているんだい、もちろん無事だよ。それで人間が入っても大丈夫になったから、弟子の代わりにその人間を引き取ろうと思ってね。どこに行くつもりか知らないけれど、この子はこの雪の中じゃあ動けないよ」


 まだ箒しか使えないから仕方ない。私は軽く手を振って、「ずっと行きたがってたでしょう」と見送ることにした。


「そ、れはそうですけど……」


「落ち着いたら、便りのひとつくらい頂戴な。それが条件よ」


「そう、ですね。今日まで、ありがとうございました」


 ジャックはぺこりと頭を下げる。私は革の花をひとつ取って、私の《名刺》のくるみボタンと一緒に、彼の手に握らせた。


「あなたは、いい仕事をする職人だから。どこに行くにしろ、どうするにしろ、それを忘れないで。たまたま頼んだらこんなに素敵にしてくれて、嬉しかったわ。ありがとうね」


「おや、いい花だ」


「ジャックが作ってくれたんです。お師匠様には、新年のお祝いにこれを」


 私がお師匠様に《雪除け》の魔法の刺繍を渡すと、それを広げたお師匠様は喜んで受け取ってくれた。「あんたにこれを渡しておくよ」と、何か四角い包みを下さる。開けてみると、それは様々な穴の大きさをした、刺繍用の布だった。

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