第750話 クロスステッチの魔女、お説教する
ジャックはしばらくして、やっと動けるようになってきた。ぼんやり目を開いていられる時間が少し増えてくるが、多少体力が回復した傍から動き回ろうとしているように見えた。
「あなた、体を治す気ある?」
「うぅ……」
「多少元気になった傍から動いて無茶して転げ落ちて、結局、ベッドの上に逆戻りじゃない」
私がさすがに少しお説教をしている間、ジャックは押し黙って話を聞いていた。なんというか、その顔はあれに似ている。そうだ、犬だ。悪さをした時の、しゅんとした顔の犬。何回か、子供の頃に見た覚えがある。犬でも人間の説教は理解できるのか、ソリ引きの犬や猟犬の子供は、悪さをして叱られていることがあった。
「とりあえず、もうちょっと大人しくしていなさいな。お師匠様があなたを引き取って面倒見るとか言っていたけど、多分、大掃除でしばらくは無理だろうし……」
「おおそうじ」
不思議そうな顔で復唱された。まあ、そんな顔をされるのも仕方ない、のかな?
「それで、何か飲む? それとも、少し食べてみる?」
「……飲みたい。その……迷惑を、かけている」
しゅん、と大人しくなったジャックの口に、蜂蜜酒の匙を突っ込んだ。
「ところで、これは……なんだ?」
「え、蜂蜜酒を知らないの……?」
飲む地域と飲まない地域があるらしいとはいえ、まったく知らない人がいるとは思わなかった。私がきょとんとしている姿に、ジャックもきょとんとしているのが笑えてくる。
「どうやら、随分と遠くから来たのね」
「まあ、そう……ですね」
「死にたがりとしか思えないことをした理由は?」
私がもう一度聞いてみても、ジャックは顔を逸らして答えようとはしなかった。はぐらかしのために嘘をつくことをしない誠実な人なのか、それとも、そういうことが思いつかないほど疲れているのか。まあ、今はどちらでもいい。
「雪……やみそうですか?」
「まだしばらくいる気だってー、雪雲!」
「じゃあ、外に出られなさそうね」
外に出るどころか、できるのであれば外壁の近くにも寄りたくないほどに寒さが厳しい。さらに雪が今も降り続けていて、多分、私の足だと膝まで埋まりかねない。いくら箒で魔女が空を飛べるとはいえ、こんな中で飛ぼうとしたら、まず地面を蹴ることもできないだろう。
「魔女だって簡単には外に出られないんだから、人間は大人しくしているしかないのよ」
「わかりました……」
しゅん、としながらジャックは少し体を起こして、「マグをいただけますか」と聞いてくる。渡してあげると、自分の手で飲むことができた。




