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クロスステッチの魔女と中古ドールのお話  作者: 雨海月子
33章 クロスステッチの魔女と大雪の冬

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第743話 クロスステッチの魔女、インク作りに挑戦する

 南洋樹のねばつく樹液や必要なものは、倉庫の中から無事に見つかった。魔法はどの魔法を燃やすか少し考えたところで、今回は前に作って溜め込んでいた、明かりを灯す魔法にする。刺繍した布を陶器の壺の中に置き、《発火》の魔法の刺繍をかざした。魔力を通すと、魔法とはいえ布なので、黒い煙をあげて燃え上がる。すぐに同じ陶器製の蓋をした。


「マスター!?」


「ああ、ごめん。魔法を燃やした煤が必要なのよ。これで燃え尽きるまでしばらく置いておけば、煤が取れるわ。原料の魔法をどうするかもインクに関わるから……うまくいけば、ちょっと、インクが光るはず」


 ほんのりと光るインクは、お師匠様が一時期使っていたものだった。花の香りがするものとか、カビ臭くならないだとか、そういう魔法のインクもあるらしい。読み終わったら自ら燃え尽きるインクもあると言っていたけれど――さすがに、担がれている気がする。


「燃え尽きるまで放っておいて、取れた煤を……ちょっと樹液もあっためておかないとだった。暖炉の前でいいかな」


 寒さのせいでねばつきが少ない樹液は、このままでは上手にインクにはできない。使う分だけカップに分けた後、暖炉の前に置いて、しばし温めておくことにした。のんびりお茶をしている間に、両方ともいい感じになってくれたようだ。寒さで一部が塊になりかけていた樹液も、元のとろとろの液体に戻っている。壺の方は昔に習った通り、ぶんぶんと上下にまずは振った。しばらく振り続けた後に、ゆっくりと蓋を開ける。小さなヘラで蓋に残っていた煤をこそげ落とし、底に溜まっていた煤も取り出した。それでも貼り付いているものは水で浮かせて、網に掬い取る。取り切ったら、水で浮かせた分は暖炉の上に置いて、少し乾かした。うん、手が覚えている。見習いの頃に散々やったからなあ……。そうやって書いてもらった本のひとつが、今、私の持っている本なのだけれど。お師匠様がそのお師匠様や、もっと前から引き継いで来た本の写しだ。複雑な魔法が沢山かけてあるけど、色々あるらしい。本の魔法は奥が深いそうだから、刺繍の魔法をモノにしてからと言われて、インクの魔法の煤しか聞いていなかった。


「インク用の魔法の刺繍の上で、魔力を注ぎながら、樹液に煤を混ぜて練る。白泡の実の中身も入れて……真っ黒になるまで混ぜて、葡萄酒をちょっぴり。黒に少し紫が入るのも、悪くないわよね」


「これがインクになるんですか?」


「数日置いて冷まさないといけないけどね」


 そんな話をしている間に、インクは艶やか黒になっていた。

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