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クロスステッチの魔女と中古ドールのお話  作者: 雨海月子
32章 クロスステッチの魔女とサプライズ

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第720話 クロスステッチの魔女、ちょっとした許可を出す

 小麦の焼けるいい匂いで目を醒ます。ルイスがチーズとパンを軽く焙ってくれていて、その匂いのようだった。お腹がすいてくる。


「ん……おはよう、ルイス」


「おはようございます、マスター」


「他のみんなは?」


 随分とすっきりした気分だから、もしかしたらお昼は過ぎているかもしれない。窓から射し込む光の角度も、お昼の鐘は過ぎていると伝えている。別段予定もないから、まあ、寝過ごしてしまっても問題はないのだけれど。


「アワユキとラトウィッジはお掃除に。僕は少し倉庫整理をした後、マスターにこの通り軽食を用意しておりました。キャロルなら、そこで糸紡ぎを少ししております。……余計なお世話だったでしょうか?」


「まさか! 私が一々言わなくても気を回してくれるなんて、みんな、とっても優秀だわ」


 少し不安そうだったルイスにそう言ってやってから、私はゆっくり起き上がり、ルイスが温めてくれていた食事をお腹に入れた。チーズがとろりと伸びるだけでなく、パンとチーズの間には小さく切った塩漬け肉が隠されていた。ルイスったら、なんて面白いことを考えるんだろう!

 熱い紅茶も淹れてもらって飲むと、力が湧いてくる。ほうっと一息つくと、今日はゆっくりしようかなあという思いで満たされた。


「マスター、その、お願いがあります」


「あら、どうしたの?」


 わざわざお願いしてくるだなんて、珍しいこともあるものだ。私はこの子達に、特に何かを禁じたりはしていないのだけれど。そう思いながら、机の上に座って改まった顔をするルイスに、私は話を促した。


「マスターの資材を管理するのに、帳簿を作ったりしてみてもよろしいでしょうか。それと、僕が個人的に、綺麗だと思ったものを集めるのも」


「帳簿……のことはわからないから、任せるわ」


 個人的に、綺麗だと思ったものを集める。それを改まって、許可が欲しいと言われるとは……正直、思わなかった。だって、私は皆に採取を手伝ってもらう時、欲しがったらずっとあげる気でいたし、何なら少々懐に入れているものだと思っていたから。これは、大体の採取の時に目立った目的と個数があるわけでないのも、それなりに関係があるだろうけれど。改めて聞かれると言うことは、そういうものがあっても、彼らは私に差し出していたということだろう。なんだか昔の自分を思い出して、嬉しいような、悪いことをしてしまっていたような気がしてきた。


「いいのよ、好きに持っていて。新しい袋はいる?」


「いえ、今あるのがありますから。ありがとうございます、マスター」


 私のこの許可が何に繋がるのか、この時はわかっていなかった。

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