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クロスステッチの魔女と中古ドールのお話  作者: 雨海月子
1章 クロスステッチの魔女、《ドール》を買う
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第7話 クロスステッチの魔女、空を飛ぼうとして事故る

 翌朝、夜が明けるのと同時に目が覚めた。無意識に手繰り寄せていた布団カバーは、独り立ちの際に師匠が縫ってくれたものだ。赤と青の二色が三つの魔法になっていて、赤い刺繍、青い刺繍、両方の刺繍に魔力を通すと違った魔法ができる。


『あたしが独り立ちした時に、あたしのお師匠様からもらった刺繍はこれでね。お前もいつか、これくらいのものが縫えるようにおなり』


『ひえ……三つの魔法を一枚の布に……!?』


 四等級魔女試験に合格し、独り立ちしてから一ヶ月。弟子入り前は一人にも慣れていたはずなのに、一人での暮らしは随分と寂しかった。膨らみゆく月に想いを膨らませて、私と暮らしてくれる《ドール》を待ち続けて―――今日に至る。昨日は多分赤い刺繍に魔力を通して、《朝告げ鳥》の魔法で夜明けに起きるように設定したのだろう。窓の外は白み始めたものの、まだ夜の名残りが残っていた。

 眠っているルイスを撫でてから昨夜縫った布団にくるみ、リボンを使って赤ん坊を抱くように胸元にくくりつける。昨日買っていったんは広げたものを、全てカバンにしまい直した。砂糖菓子をもう一度作って念のために持っていこうとしたところで、事件は起きてしまった。


「うっ、わ今ここで!?」


 《砂糖菓子作り》の魔法の刺繍を施した布が、予定の半分の砂糖菓子を作ったところで金色の炎を吹いて燃えた。砕けた魔法がキラキラしてるのは綺麗だが、咄嗟に《身の護り》の刺繍を胸元にかざして私とルイスを守る。落ち着いたところで無事だった砂糖菓子を拾い集め、こういう時のために前に縫っていた《魔力吸収》の刺繍をした布に針や鋏をくるんでおいた。ある程度は、ルイスにも吸収されたらしい。その目が開くと、不思議そうに私を見上げた。


「あの……マスター、これは一体……?」


「今からお師匠様のところに箒で行くの。で、これは、そのー……ちょっと魔法に失敗しちゃった残骸」


 朝焼けの光が魔法の残骸で反射されて、キラキラしている。そこに見出された魔力を二つの刺繍にある程度吸わせたところで、私は自宅兼工房に鍵をかけ出発することにした。

 外で木箱に昨夜しまった箒の柄に、改めて青いビロードのリボンを結ぶ。リボンの結び目が刺繍を不必要に歪めてないことを確認して、《空中浮遊》の魔法に魔力を通した。


「ルイス、今から箒で飛ぶからね」


「わかりました、マスター」


 昨日の夜市は知らない場所だったから箒は使えなかったけれど、森の反対側に住むお師匠様のところには箒で行った方が速い。ふわりと足が地面から離れ、樹よりも屋根よりも上まで浮いたところで、私はもうひとつのリボンを箒の先端に結んで魔力を通した。《引き寄せ:お師匠様の工房》の魔法がしっかり発動して、私たちを乗せた箒を引っ張っていく。お師匠様の工房を引き寄せるなんてできないから、引き寄せられるのは私たちだ。

 夜明け直後の朝の空はとても綺麗だけれど、気が急いてしっかり眺めている余裕がない。鷹のように速く箒は飛び、お師匠様の工房が見えたところで、違和感に気づく。

 あれ、なんか、高度が下がらない?

 《引き寄せ》か《空中浮遊》の魔法の刺繍を一目くらい、間違えたのかもしれない。どうしよう、ルイスをこれ以上壊すわけにいかない。

 状況がわかってないルイスを守れろうとしてか身を低くして、高度を合わせるために急降下する箒に対して使える刺繍がないかカバンの中身を思い出そうとする。

 砂糖菓子、意味ない。ルイス用の服と家具、どうしようもない。お師匠様に見てもらおうと思っていた魔法の刺繍―――確か、《洗浄》《雪幻》《点火》……《引き寄せ》のリボンを燃やしたら箒も間違いなく燃える。ガーデンクォーツ……出してる余裕がない。

 そんなことを考えてる間も高度は下がってきていて、木の枝がちくちくと頬や腕に当たった。


「嫌な予感がするとマスターが言ってたから、こうなる気がしたよ」


 そんな声がしたかと思うと、ふっと落下スピードが緩んだ。なんとか着陸した私の元に、呆れた声がかけられる。


「やぁ、マスターの弟子。やっぱり一人暮らしはやめた方がいいって、マスターに言ってもいい?」


 それは我がお師匠様の《ドール》の、相変わらず辛辣な声だった。

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