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クロスステッチの魔女と中古ドールのお話  作者: 雨海月子
30章 クロスステッチの魔女と納品騒動

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第694話 クロスステッチの魔女、お買い物を満喫する

 私は街に入って、周囲を軽く見まわしてみた。何ひとつ変わりのない、いつもの街の風景が広がっている。行きかう人々、威勢のいい物売りの声、遊び回る子供達に、芸人の歌い踊る声と歓声。


「何も変わりないわねえ」


「ええ、本当にいつも通りです。さ、お買い物をしてしまいましょう」


 ルイス達とそんなことを話しながら、私は魔女の証の首飾りを隠すことなく、いつものように買い物をしていた。細かいお金に一枚分両替してから、馴染みの店で野菜や肉、魚、さらには果物も買う。冬ごもりの時だって買いすぎないようにしているし、今日だってそうだ。

 新鮮なものを選んで買うのは、結構楽しくて好き。自分達で家畜を飼ったり野菜を育てる魔女はいるかもしれないけれど、私はさすがにそこまで手が回らないので、街で買う。


「あ、そこのソーセージも買うわ。隣のそれは……黒くない? なんだか懐かしいわね」


「ブラッドソーセージですよ、魔女様。血も内臓も全部入れているから、滋養にいいんです」


 ああ、豚を潰した時に作ってた奴だっけ。血と内臓とクズ肉を入れて作るから、普通のソーセージより黒くて臭いのある味になる。ふと懐かしくなって、私は予定外だけどそれも買ってしまった。何せ、懐が温かいのだ。私は気分よく買い物をしては、全部を魔法のカバンに突っ込んでいた。今なら、あの温泉街で見惚れた杯だって買えるかもしれない。


「よく乾かしてあるから、長持ちしますよ」


「ありがとう」


 機嫌良く魚に野菜にチーズも買っている間、それとなく観察もする。でも、何も問題はないようだった。例えば干物や塩、保存できる食べ物の値段が急に上がっているとか、物々しい武装をした冒険者や兵士の数が増えたとか、そういうことはないように見える。


「あ、マスター。お茶買っていきましょうよ、茶葉が少なくなってしまいました」


「最近ずっとお茶飲んでいたものね……買っていきましょうか」


 紅茶の葉を売るための、少し洒落たお店がこの街には珍しくあった。いつも、茶葉はあそこで買っている。私はそこに行くことにしようとしたけれど、その途中でつい、買い食いの屋台がいい匂いをさせているのに惹かれてしまった。


「おや、魔女様! よければおひとつ差し上げますよ」


「まさか! ちゃんと払うわよ」


 細かいお金を払い、たっぷりとタレのついた焼き肉の串を受け取る。《ドール》の皆さまに、とおまけしてもらった串をみんなに分けてあげながら、私はのんびりと紅茶のお店に足を向けた。

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