第663話 クロスステッチの魔女、三つ目の話を聞く
三つ目の《核》の物語は、柔らかい黄色をしていた。
「長年子が授からなかった夫婦に、奇跡のように子ができたんだって、その二人は喜んでいた。下手に触れたら壊れてしまいそうな、脆くて小さな赤子を抱えて、幸せそうに笑っていたわ」
イルミオラ様がそう話すのが、何年前のことかはわからない。だけれど、もしかしたらもうその子が大人になるどころか、歳をとって死んでいるくらいの時間が流れているかもしれないと思うと、面白かった。
「初めての子供、ってこんなに喜ばしいんですね」
今更自分の親への恨み言を言う理由も何もないけれど、こういう時に、ふと思う。私は置いて行かれた子だったし、結婚もしなかったし、する予定もない。だからきっと、こんな気持ちを自分が体験することはないと思っていた。けれど、蜂蜜のように温かい黄色の光からは、そういう気持ちを感じ取ることができるような気がする。
「もちろん色んな事情があるとはいえ、ここまで鮮烈な黄色になるほど喜んでいる人がいるのは、絶対に残しておくべきだと思ってね。うん、とっても綺麗な黄色だから、いい《ドール》になると思う」
私はまた《核》を持たせてもらって、そのキラキラとした光を見つめた。光の加減でなのか、中に小さな白い、柔らかい綿のように光るものがあるように見える。
「それぞれの色については考えたことあったけれど、その中身というか、どんな感情を取り出したものか――については、考えてみたことはなかったです」
「普通は大体の魔女がそうだよ。店で買う《核》も……まあ、聞けば教えてくれないことはないだろうけれどね、聞かなかったら色と等級だけ把握して、それでおしまいだろうよ」
そう言ったお師匠様のところに、エリーがお茶のおかわりを注ぐ。お師匠様が言う通り、確かに店で見た《核》の物語は私が行った時には教えてくれなかった。とはいえ、きっとそれは彼女が興味がなかったとかではないのだろう、という気もする。私が《核》を買うことそのものにあの時は迷っていたけれど、こちらから聞けば教えてくれたのかもしれない。
「心の重荷を取り除きたい人間も多いから、懺悔しながらカケラを取り出される人間も珍しくなくてね。こういうことをしている魔女は、本人がどこまでその気かにも関わらず、世の中のことに詳しくなっていることは多いよ」
「へえ〜、勉強になります」
やっぱりそれも、赤や青や、黒の《核》で多い話なのだと教えてくれた。




