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クロスステッチの魔女と中古ドールのお話  作者: 雨海月子
28章 クロスステッチの魔女と体探しの旅

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第623話 クロスステッチの魔女、ヘッドを引き取りに行く

 私は簡単に支度を整えてから、翌朝、出発することにした。一日で帰れるかは少し怪しい距離なので、お泊まり用の毛布も確認済みだ。行くだけなら朝出れば問題もなく到着できるはずだけど、今日中に家まで戻って来れるかは自信がなかった。


「カバンの中の余計なモノ全部出したし、準備もできた。よし、しゅっぱーつ」


「「「おー!」」」


 家に鍵と結界をして、箒に乗って浮かび上がる。まだ春の初めの空気は冷たくて、外套を着ていくことにしてよかったと心底思った。高いところまで上がって、風の流れを捕まえる。南西に進路を取って、そちらへと風の力も借りて飛んで行った。目指すはエレンベルク北西部にある、ファルミクリアの街。初めて行く場所だけれど、魔女の中では有名な場所だった。


(魔女が眠る地に通じる、祈りの街)


 生きるのに飽いた魔女、美しいものに心を震わせられなくなった魔女は、ファルミクリアの街で眠りにつく――人間で言えば、墓場だ。目を醒ますことは、可能らしいけれど。

 そんな街に《天秤の魔女》が集まっているというのは意外な気もしたし、当然にも思えた。少なくとも、眠りを乱すような魔物などは近づかないようにされているのだろう。


「マスター、ファルミクリアの街ではお仕事をされますか?」


「やれそうなのがあったらね。新しい子の新しいのアテはあっても、それ以外にはお金が必要だもの。稼がなきゃ」


「こっちの方ねー、なんか山の中にすごい場所があったはずなのー」


「それがファルミクリアかもしれないわねえ」


 そんな会話をしながら飛んでるうちに、なごり雪に触れた北風でどうにも寒くなってきたので、一度適当な草地に降りて熱いお茶を飲んだ。少しお酒も入れた。熱くしたお酒だけを飲むと、酔っ払ってまともに飛べなくなるので間を取ったのだ。体を温めてから、もう一度飛ぶ。


「……わたくし、弟か妹ができて、お姉ちゃんがやれますかしら」


「どうせ、新しい子を起こすまでは時間がかかるわよ。だから、それまでにゆっくり考えるといいわ」


 不安そうなキャロルにそう声をかけたりしながら、向かい風を避けたりして箒を飛ばし……ファルミクリアに着いたのは、日が高くなってきた頃合いだった。噂に聞いた通りの、山二つの間を塞ぐような大きな門の前に降り立つ。


「若き魔女よ、ここは眠れるファルミクリアの街」


「何の御用ですか?」


 門の前には武装した二体の《ドール》がいて、厳しい顔で用件を聞いてきた。私が名乗ると、話は通っていたらしい。


「「失礼しました。どうぞ、中へ」」


 私はあと数百年は来る予定のなかった街へ、足を踏み入れた。

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