第594話 小さな《ドール》、物思いに耽る
わたくしがあるじさまのベッドの横に用意された、小机の上の小さなお布団で目を覚ました時。まだお日様の光は弱く、かすかに木窓の隙間が明るくなっている程度でした。
「ん……」
隣には、アワユキが丸くなって寝ています。アワユキはベッドに体を伸ばすこともありますが、大体は、丸くなって眠ることが好きです。そういう時は、アワユキ用のベッドの上にお気に入りのクッションを持ち込んで、その上で丸くなります。少し暑くなってきたから、アワユキの毛皮に触れるとひんやりとしていて好きです。アワユキの中身は、私達のような《核》ではなく、雪の精霊が入っているのだというお話を思い出しました。
その向こうでは、もう一人のわたくし――ルイスが眠っています。元々はわたくしが、あの体に入っていたと言うお話ですが……実は今ひとつ、ぴんと来ません。ルイスがもう一人のわたくしだというのは、なんとなくわかります。わたくしとルイスは、申し合わせもなく、お互いの意思を一致させられることもあるからです。ですが、わたくしがあの大きめの男の子の体に入って、男の子をしていた実感はあんまりありませんでした。あの体がわたくしのものでもあった覚えはありますが、男の子をしていた自分の想像がつかないのです。
わたくしが覚えているのは、片方の目をなくしてしまったことと、暗い場所が怖かったこと、あちこちが痛くて、寒かったこと。それもぼんやりとしたもので、時折、浮かび上がる泡のように思い出すものでした。それは例えば、柔らかな寝具にくるまって、その温もりを享受している時。昔はそうでなかったと、思い出します。
(ルイスは、わたくしが持って行ってしまったから、こういうことを忘れてしまったのかしら)
直接、聞いたことはありません。でもルイスは――いえ、《ルイスとキャロル》は、大変に幸運な《ドール》であることも、わかっておりました。
『中古の《ドール》を買う物好きなんて、本当にいるのかねえ。まあ、装飾品代わりにはなるか』
そんなことを言って壊れた中古人形を店に置いていた、名前も知らないおばあさんの言葉を、わたくしはかすかに覚えているからです。名前をなくした不安をわけあい、あの子は愛を詰め込みました。わたくしは、痛みの記憶を引き受ける代わりに愛と体を得ました。
きっと他の魔女なら、わたくしを消したのでしょう。そもそも、あの壊れていた人形を買ったかどうか。連れて行ってくれた時のあの喜びの記憶も、二人で分け合えたのは幸いでした。