第562話 クロスステッチの魔女、改めて移動する
人ひとりを浮かせるほどの《浮遊》の魔法を刺し終えるまで、魔女組合には三日ほど滞在した。出来上がった刺繍のストールを手に、私は組合の人たちにお礼を言いながら組合を出る。
「マスター、ストールできてよかったですね」
「これで何があっても、まあ大体は大丈夫だと思うわ……」
とりあえず、水に沈んで浮き上がれなくなる心配はしなくてよくなるはずだ。ストールを肩からかけて、くるりと回って見せた。少し凝った刺繍と、後ろ側が見えるような透けた生地の美しさで自然と魔力がこもってしまう。気づけば足が地面から離れ、少し浮いていたので、慌てて魔法を切って地面に降り直した。
「主様も、これで飛べたりしないのー?」
「これは上に浮くことしかできないから、そういうわけにはいかないのよ。ルイスとキャロルの服は、グレイシアお姉様が刺繍をしたものでね。二等級の魔法だって言っていたわ。それに多分、魔法に必要な面積が大きくなりすぎて、ストールじゃ足りないわよ」
それこそ《裁きの魔女》様方が羽織っていたような、顔も隠せる丈の長い外套。あれは顔を実際に隠し、空を自在に飛び回る魔法と、身元や声を誤魔化す魔法がおそらく外套に籠められているのだと思う。そんな複雑で大きな魔法を、糸にして紡いで織ったり、刺繍したり、編み入れたり、細工ものにして身に着けているのだ。ああいうのは、鎖の輪ひとつ、編み糸の一本でも壊れてしまえば、きっと大変なことになるのだろう。あんなものは何百年かけても、作れる気がしない。
「さ、《ナルーアの水の精霊溜まり》に行くわよ!」
「「「おー!」」」
私達は改めて、《ナルーアの水の精霊溜まり》に向けて出発することにした。魔女組合からもやっぱり、それなりに距離があるので気合を入れ直す。また箒にまたがって、地面を蹴って浮き上がった。ゆっくりと風に乗って、《探し》の魔法の鳥とアワユキ、《ドール》達と共に、針路を北に取った。
少し飛んでいくと、キラキラと光る川が見えた。鳥の様子を見ると、多分、この川を遡っていった先が《ナルーアの水の精霊溜まり》なのだろう。せっかくなので、川の流れの上を飛んでいくことにした。それなりに広くて水量があり、魚もいそうな川なのに、近くに集落もなければ、漁師や渡し船もないようだった。精霊溜まりに繋がる川だから、念のために手を付けないようにしているのだろうと見える。
「お魚食べたくなってきたわね……ここのはちょっとやめておいて、干し魚を今日は焼きましょうか」
キラキラした魚の鱗を見ていると、そんな風に思ってしまった。