第56話 中古《ドール》、記憶のカケラを得る
「うん、そう……持ち方はちゃんとできているね。元は騎士だったのかな? 基礎の基礎は大丈夫みたいだけど、今の身体で剣を動かすのに慣れてから次に行くから」
ルークの動きを真似ながら、剣を振り下ろす。木でできた、それなりに重い、長い剣だ。剣を自分の腕の延長だと思えるようになれるのが理想だよ、と最初に彼は言った。
「どうして、剣を習いたいって思ったのかな」
「マスターを守れるのに、力が欲しくて。マスターが僕を大事にしてくれる分を、僕はまだ何も返せてないし。何か返したい、何かしたい、って思ったら、ふと、思い出したんです。僕は前にもこうやって、武器を振ってみたことがある気がする、って」
「《ドール》は人間の心のカケラを材料にしているからね。時々、元の人間の記憶を少し受け継いだり、元の人間が得意だったことが得意になったりもするんだって」
少し休憩、と言われて床に座りながら、「ルークもそうなんです?」と聞いてみた。
「うーん、こう……馬に乗っていた記憶。おれは馬に乗って、剣を佩いて、上から景色を見下ろしているんだ。それがちゃんとした、人間が乗るサイズの馬の上のことだったし、元の人間の記憶だと思う」
「おおー」
「ルイスは? 何か覚えてる?」
うーん、と考えこんでみた。昔の記憶—――僕の心の素材になった、元の人間の記憶。長剣を見た時、漠然と「前にも使ってみたことがある」とは思った気がした。
「僕、前にも剣を触っていた気がします。そう……鉄か何かの剣を、誰かに言われて一生懸命扱う練習をしたような。でも、僕には随分と剣が重くて、振り上げるのにも大変だったんです」
「今はどう?」
「丁度いい重さで、扱いやすいです」
リボン刺繡がついている木剣は、魔女の《ドール》らしいものだと思う。本当は、僕のマスターの刺繍したリボンが付いたような剣をもらいたいのだけれど。マスターは魔法が下手だと言っていたし、確かに箒で墜落しかけていたけれど、僕はマスターの魔法が好きだ。どんどん使ってほしいし、僕はそれを見たいし、欲しい。
チク、と胸の奥に痛みが走って、何かの記憶の光景が稲妻のように僕の中を駆け抜けていった。
—――剣の記憶。綺麗な宝石が柄につけられた、銀色の、重くて綺麗な剣。鞘には細かい装飾がついていて、剣を腰につけるためのベルトには細かな刺繍がびっしりと刺されている。僕はそれを誰かからもらって、それが嬉しくて、誇らしくて、でも怖かったのだ。受け取る僕の手は小さく丸っこくて、ああ、そうだ。いつか受け取るかもしれないと思っていたけれど、今じゃないと思っていたのだ。
「ルイス? ごめん、疲れさせちゃったかな」
「だ、大丈夫です。ちょっと休んだら、またご指導よろしくお願いします」
誤魔化すように笑って頭を下げると、ルークは「わかった」と言って、訓練のメニューを考えようとも言ってくれた。




