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クロスステッチの魔女と中古ドールのお話  作者: 雨海月子
4章 クロスステッチの魔女と先を願う話

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第52話 クロスステッチの魔女、姉弟子の元を訪う

「ごめんルイス魔力入れすぎた―――っ!」


 私の叫びが尾を引いて、箒と共に空を駆ける。想定外の速さに、景色を確認する余裕なんてなかった。ルイスが落ちてしまってないかだけを、なんとか確認する。クッションに縫い込んだ図案のどれかが《保護》の魔法だったらしく、淡いシャボン玉に包まれてルイスは無事だった。

 箒の方は、結んだリボンのひとつが過剰な魔力を零してキラキラと光っている。そのうち自壊しそうな様子に、せめて向こうに到着してから壊れてくれと必死に祈っていた。壊れたところで恐らく、この速度が緩まるわけではないのだけれど!


(箒を目的地へ引っ張る《引き寄せ》の魔法が壊れたら、箒は行き先を見失ってしまう。そうしたら今の勢いのまま、どこまで飛んでいくか……!)


 また国境を越えるのは嫌だった。ガブリエラ様の家からグレイシアお姉様の家までいつもの速度なら半日近くかかるからって、横着はするべきではなかった。本当に。


「マスターこれ大丈夫なんですか!?」


「大丈夫じゃなかったらごめん!!!」


 ルイスの悲鳴に悲鳴で返しながら、私は《引き寄せ》の力が弱くなるのを感じていた。魔法のリボンが燃え尽きたから、ではなく、目的地が近づいたからだ。箒を引っ張る魔法の力が弱まっても、一度ついてしまったはずみ(・・・)はすぐに弱まらない。高度は魔法によって下げられているものの、地表に着く前に家の壁にぶつかるか通り過ぎそうだった。私やお師匠様の家のように森の中ではなく、町外れの丘にお姉様の家があることだけが、辛うじて救いになっている。


「グレイシアお姉様ごめんなさい!!」


 箒の柄を傾けて家への直撃を避けつつ、転びそうになりながらお姉様の家を少し通り過ぎたところに着地した時、怪我がなかったのは本当に運が良かった。多分、手首に巻いて魔力をいつも少しずつ送っていた《幸運》のリボンのおかげだろう。金色の炎を上げて壊れたそのリボンの残骸を振り払って、ルイスと箒を抱え上げた。


「ルイスごめん、早く行こうとしたら魔力を入れすぎちゃって……」


 マスター、と私を呼んで服に小さな手がしがみつく。震えてるような気がしたから、安心させるためにぽんぽんと軽く叩いた。


「マスターはもう、箒に乗らない方がいいんじゃないでしょうか……絨毯とか……」


「絨毯?」


 妙なものを出してきたルイスの言葉に、私は首を傾げた。絨毯で空を飛ぶなんて、聞いたことない。東の魔女は確か、自分の国だとボウルに乗るだか飛ばすだかと言っていたけれど……。でも、ルイス自身もどうして絨毯と言ったのか、よくわかっていないようだった。


『最初の《ドール》は、最初の頃の《ドール》達は、その心をすべて抜き取り加工したものだった。当然、その人間は死ぬ。』


 この間聞かされた秘密を振り払うようにルイスの頭を撫でる。絨毯で空を飛ぶ伝説があるような、異国から来たのだろうか。それとも400年前は、みんな絨毯で飛んでいたのだろうか。なんとなく、それは《名前消し》で消された前の持ち主の関係ではなく、ルイスの生前の記憶のカケラのような気がした。―――そう、『生前』なのだ。《ドール》になって死んだ彼にとっては。


「すみませんマスター、なんで絨毯って思ったのかわからないんです……」


「でも面白そうだから、今度お師匠様に聞いてみるわ。さ、グレイシアお姉様の家に行くわよ」


 二人で少し道を歩いて、改めてグレイシアお姉様の家の門の前に立った。灰色の上品な屋根に、白い漆喰と黒い窓枠と、モノトーンでまとめられた品のいい家。その門の前で訪いを告げるより早く、内側から門が開いた。

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