第506話 クロスステッチの魔女、自習する
私はお師匠様の家を出てからも、真面目に勉強をすることにした。聞き取ったりして書くのは、ルイスやキャロルの方が私より読み書きがうまいので見てもらうことにする。「遠慮しないで言ってね」と言ったら、本当に遠慮なく「綴りが違います」とか「正直読みづらいです」などと言ってくれるようになった。
「魔法の練習もしないといけないから、何かこの中で適当な魔法を示してくれる?」
「わかりました……よしっ、これはどうでしょう?」
ルイスが適当に広げてくれた本には、《石磨き》の魔法があった。魔法の刺繍に設置した面を磨いてくれるとのことで、刺繍がくるくる回るから周りを注意するようにと注意書きが書かれていた。
「まずは素材があるかも確認しないとね。魔石紡ぎの糸……は前に買ったのがあるから、多分大丈夫。それから布もあるし、染める必要はないみたいだし……うん、これで行けそう!」
魔石紡ぎの糸は、私の持っている道具では作れない。だから、買うしかない素材のひとつだった。この辺りでは、紡ぐのに使える魔石を拾うことはできない。鉱山の中で採れる、石でありながら糸の塊のように掘り出される素材を紡いで作る糸だ。エレンベルクだと東の方に行けば採れる石で、沢山作られた糸が魔女組合でこのあたりにも流れてくる。魔石をどう紡ぐかは興味があるけれど、三等級になったらね、とはお師匠様に言われていた。糸にする以外にも、使い道があるらしい。そのうち使ってみたい素材のひとつだ。
「……よし、これを針に通して、と」
普通の糸よりも丈夫でゴワゴワとしたような感触のする糸を、お手本にのっとってひとつひとつ、バツ印を作るようにしてクロスステッチを始めた。いつもより力が必要で、ぎゅ、ぎゅ、と強く引っ張るようにしないとうまく作れない。力が足りないと、勝手に糸がたわんでしまうのだ。
「うーん、これ結構難しいわね……」
「いつもより大変そうですね、マスター」
「みんな、ちょっとこれも触ってみてよ。いつもの糸と結構、感触が違うわよ」
糸かせには糸がみっちりと詰まっていて、それを《ドール》達に触らせる。普通の糸のように柔らかくはなく……完全に固いわけではないけれど、キラキラと光っていた。窓から射し込む日の光で、石が光るように光っている糸。
「マスター、これが出来上がったら何かを磨いてみるんですか?」
「そうね、せっかくだからやってみようかしら。いい石があるといいんだけれど」
そんな話をしながら、また一目進めた。




