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クロスステッチの魔女と中古ドールのお話  作者: 雨海月子
1章 クロスステッチの魔女、《ドール》を買う
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第5話 クロスステッチの魔女、《ドール》に名前をつける

 《ドール》を思いがけず安く買えてしまった後は、人形用のベッド一式に服を二揃い、靴にルームシューズ、テーブルと椅子、櫛、そして小さなカップ&ソーサーと皿をあちこちの店を回って買った。《大きさ替え》の魔法の模様を縫ってやるよりは最適な大きさのものを買っておきたかったので、ちょうどいいサイズのものを買えたのはとても嬉しい。


「どうやって持ち帰ろうかな……」


「あら、そのカバンの刺繍は《容量拡大》の魔法じゃない? 入ると思うのだけれど」


「え」


 お師匠様からのそんなサプライズに驚かされながら、家に帰る。掛け布団は刺繍ができる目の大きな布でカバーが作られていて、せっかくだから後で何かを縫ってあげようという気分になる。寝間着は《調律》の魔法のかかった仕立てで、浮いたお金の大半はここに消えてしまった。まだ習ってない魔法だけど必要そうなので、ありがたく購入している。結局、予算はほぼ予定通りに消えている。《魔女の夜市》って怖い。


「えーと、《ドール》との暮らし方手引きによると……」


 最初はどんな《ドール》も、名前がない。だから核を呼び出し、そこにマスターたる魔女の血を一滴垂らして名付けの儀式が必要、とお師匠様がくれた本には書かれていた。今回の子は《名前消し》をされているということで、改めて名付けの儀式が必要なのだろう。

 まずは買ってきた小さなベッドに《ドール》を寝かせてやり、個人的には好みではない着せられていた服を脱がせる。人形用の下着と買ってきた寝間着を着せてやってると、腰と太ももに施されたタトゥー……東の国風の大きな赤い花と紫の蝶が目に入った。とてつもなく派手なタトゥーなんて入れておいて、どうして前の持ち主はこの子を手放したんだろうかと不思議に思う。タトゥーなんて消せないものを、《ドール》に施す人の思考がわからなかった。


「っと、いけないいけない。儀式を……する前に、目をつけてやらないと」


 いったん《ドール》を起こして目を開かせると、歯車の魔女からもらった瞳を空洞にあてがい、「《換装》」と呟く。すっと手の中から樹脂の感触が消え、次の瞬間には《ドール》の目として空洞だった場所に収まっていた。やっぱり、とても綺麗だ。ベッドに横たえて、瞼を閉じてやる。


「それから……《核を示せ》」


 魔力を普段よりしっかり声に載せて呟くと、《ドール》の体が淡く光った。光は彼の胸の中央に寄り集まり、美しい青い石のような物質になる。これこそが《ドール》の核、人間の心のカケラと魔女の魔力から生まれた彼らの魂だ。虹色を含んだ光の美しさに見蕩れそうになるが、意識を儀式に戻す。

 いつも刺繍に使っている針とは違う、魔銀の鋭い針で親指の腹を刺す。ぷっくりと浮いた赤い血を一滴、サファイアの核に垂らした。


「我、汝に名を与えるもの。我は汝のマスターなり。汝、我を友とし共にあるべし。汝の名前は、」


 その時、《魔女の夜市》の帰り道に考えていたいくつかの名前ではない、別の名前が脳裏に閃いた。それはまったく唐突としか言いようがなく、しかし、一度脳裏に閃いたその名前が彼の名前だと無意識が納得していた。この名前を付けるしかないと、核の光が訴えている。


 私はこの後、この直感に逆らわなかったことを、後悔したりしなかったりするようになる。それをこの時点の私は知らない。



「汝の名前は、ルイス」



 サファイアがキラキラと輝いた。オパールのような、虹色の輝きの違和感に私は気づけない。核は光の塊となり、《ドール》の全身に染み渡り……そして、彼の目が開いた。


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