第494話 クロスステッチの魔女、お話を書き写す
納得のいく出来栄えになるまで真似たタイトルを書き写したところで、危うく満足しかけてしまった。違う違う、今回は物語そのものを書き写すのだから、本番はこれからだ。凝った字体で書く余裕なんてないので、そのまま書き写すことにする。
「昔々、ある国で……白のアンナエア……は、生まれました、と」
読みやすい文章で書いてくれているから、簡単に……とはいかないけれど、それなりに書きやすかった。死んだ母から生きた子が生まれたという、普通でないところから始まる物語。父親一人では子を養うことができず、生まれて間もない赤子は森に捨てられる。私が聞いた物語では、山だったけれど。彼女は《野の女》に拾われ、同じような捨てられた娘達や望まれなかった女達の集団に入る。
「前から思ってたんだけど……これ、今で言うなら魔女のことなのかしら」
「ここに書いてある、《野の女》のことですか?」
「そう。家にも土地にも居場所のない女達、とここに書いてあるでしょう? 魔女もそうだもの」
物語の中には、原始的な魔法も出てくる。アンナエアの物語は、ターリア様が現代魔女を定める前の魔女として聞いている物語とは違う。『ターリア様の御手をもって、初めて魔女達は各地に散らばる己と同じ存在を知りました』とあるが、アンナエアとその仲間達はひとつの場所で、同じような女達やその子供達と暮らしていた。
「でもこれが昔の魔女の物語のひとつだとすると、こう……ターリア様の物語と噛み合わせがちょっと、悪い気がするのよね」
「なるほど。うーん……もしかしたら小さな集団はあるけれど、魔女全部が協力はできてないとかだったのかもしれませんね」
「ルイスって相変わらず、頭がいいわね」
成長したアンナエアは戦士を目指し、自分達の暮らす山/森の番人として修行を始める……というところを書き終えるまでに、さらに一日かかってしまった。簡単だと思っていたけれど、上等な羊皮紙に字を書くことへの緊張で間違いもそれなりにある。羊皮紙上の字の間違いなら表面を削ってもよかったけれど、二重線で直すようにと言われていた試験に合わせてみた。簡単なお話だからこの程度で済んでるのかな、というそれなりに悲惨な紙。けれど、いい羊皮紙をもらっただけのことはあって、私がいつも書き付けに使っている切れ端よりも引っかかることがなかった。いつもよりは、よく書けていたと思う。いい紙で書いた効果は出たらしい。
二日目が終わる。まだ半分くらい、書くべき部分が残っていた。