第493話 クロスステッチの魔女、宿題に手をつける
「お話の書き取り、かあー」
お師匠様の元を辞して、私は家に帰り本をぱらぱらとめくっていた。物語の本には、沢山の物語が入っている。長さも色々で、私が読むのに何日もかかるような物語から数ページで終わる物語もあるのだ。何の物語を書き写そうか、と考えながら本を読む。
「綴りが難しいお話……は、ちょっと嫌だなあ。長いのも無理だし、どうしようかなあ」
ぱら、ぱら、とちゃんとした羊皮紙の本をめくる。もらった羊皮紙も上等なものだったから、字を書くのはいっそ怖くて嫌なほどだった。とはいえ、慣れないといけないのだろう。いつまでも切れ端にばかり書いてはいられないだろうし。
「マスター、読んでいて好きなお話でいいんじゃないですか?」
「そうかもね。どうしようかなー」
好きな話はいくつかある。私が読めるような物語だと、簡単な物語が多いのだ。短い物も多い。けれど、あんまり簡単で短いものにしたら、お師匠様に与えられた五日という期間では時間があまりすぎてしまうようだ。せっかくだから、もう少し長いお話にしてみてもいいと思っている。
「一、二ページで終わってしまう奴は、お師匠様に課題にならないって言われると思うのよ。だから、もう少し長くて、よさそうなお話……あ! これにしようかしら」
私の好きなお話で、それなりに長いもの。今回は、『白のアンナエア』の物語のひとつを取ることにした。彼女の物語は沢山あるので、そのうちの一番最初からなるべく多く書いてみることにする。
「『白のアンナエア』の物語にするんですか? 前に読ませてもらいましたけど、すごく長い気がするんですが……」
「そこは考えがあるわ。このお話、短いお話が沢山入って長いひとつのお話になっているのよ」
私が聞いたことのあるお話以外にも、『白のアンナエア』の物語は沢山ある。魔女であり戦士であり女王であったと伝えられるが、彼女が建てたとされる国がどこなのかはわかっていない。厳密には、アンナエアの国だ城だと言われている遺跡があちこちにあるんだそうだ。
「あるじさま、せっかくだからタイトルのこの飾り字も、真似してみたらどうかしら」
「そうね……練習なんだから、なんでもやってみないと」
くるくると綺麗に巻いた飾り字を、切れ端に何度か練習した。羽ペンの運び方を何度も考え、工夫して、試行錯誤する。『白のアンナエアの物語』、と満足な出来栄えで書けるようになるまで、気づけば半日近くかかっていた。