第410話 クロスステッチの魔女、お夕食をご馳走になる
雪が止むまでには時間がかかり、太陽は見えないがそれなりに日が暮れてきているのが体感で分かった。こういう時に時計を持っていれば便利なのだろうけれど、持ち歩けるような大きさの時計だなんて物は金貨がいくらあっても足りない。いつかはできるだろうけれど、少なくとも今ではなかった。
「アワユキ、もしかしてこの吹雪はしばらく止まなさそうかしら?」
「うん! 朝までこの街でぴゅーぴゅーするって!」
なんというか、ダメ元で聞いてみたものの。元々が雪の精霊であるアワユキにはわかるらしく、本当に教えてくれた。ぬいぐるみの体で同族と意思の疎通をどうやっているのか気になるけれど、前にそれとなくアワユキに聞いた時は一言「よくわかんない」と返されたことも思い出す。わざわざ口から言葉を出すだなんて説明しないのと、同じようなものなのかもしれなかった。
「では魔女様、もうすぐお夕食を用意いたしますね」
「食べなくても死なないから、沢山はいらないわ」
店員とそんな会話をしながら、私はまだ温かい葡萄酒をちびちびと飲んでいた。最近は慣れてきたけれど、故郷では葡萄酒はとっておきの贅沢品だった。最初はまだたまに飲ませてもらっていた蜂蜜酒より慣れない味で、しかもなんでもないもののように出てくるから戸惑ったものだ。ニョルムルだって葡萄を作るには寒すぎる地域だろうに、それでも然程高くない葡萄酒が沢山並んでいるのは、ひとえにこの街が流通の要だからだろう。それなりに道ができているのであれば、山も登らなくていいこの街へ品物を持ち込むのは容易い。
「マスター、それ、気に入ったんですか?」
「ええ、とっても。寒い日には重宝するわね」
蜂蜜酒でも、香辛料を入れてみるのは悪くない考えかもしれない。そんなことを思っていると、「魔女様、こちらへ」と私を呼ぶ声がした。そちらへ行くと、塩漬け肉を挟んで焼いた丸パンができていた。
「すみません、普段はそこまで料理をしないもので。街の掟で吹雪の人に振る舞う食べ物は用意しておりましたが……」
「どうして謝るの? おいしそうだし、お酒に合いそうじゃない」
一緒に食べて飲むと絶対においしいよ、と教えてくるような匂いがしていたので、素直にそう言った。店の裏手が簡単な炊事場になっていて、食料は地下にしまえるようになっているらしい。
「後で、自分が食べた分のパンは魔女のパンで払うわ。塩漬け肉は魔法で出せないけど……」
「滅相もない! こういう時は助け合うものです。そう思ってくださるなら、またうちでお買い物されてください」
店員は私にパンを差し出しながら、スティルと名乗った。