第387話 クロスステッチの魔女、温泉蒸しパンを食べる
「さあさ、泊まっていっておくれ! 宿がお決まりでないなら、ウチの『星屑亭』はどうだい?」
「温泉蒸しパン、温泉卵、安いよ安いよ! 食べ歩きにどうだい!」
「ニョルムルのお土産だよー、彫り物に染物に置物! 今のうちに買っていくといいよー、人気だよー!」
賑やかな人の声。ざわめき。物売りに値段交渉をする人がいる。蒸しパンを食べている子供がいる。私の周囲にも沢山の人がいて、私は《ドール》達をカバンから顔を出させる姿勢にさせた。
「アワユキもお外飛びたーい」
「絶対はぐれるわよ。ほら、ルイスとキャロルもおいで。カバンの中からお外を見れるようにしてあげるから」
キャロルは服の魔法で少し、カバンの中で浮いている姿勢で。ルイスとアワユキは、立ってカバンの隙間からのぞき込むような姿勢になって。私たちは宿屋を探す前に、気づいたらお腹がすいていたので軽く食べようと思った。
「やっぱりここに来たら、前から話に聞いていた温泉蒸しパンよね」
「ようこそ……おや、魔女様! うちの蒸しパンは絶品ですよ!」
屋台に沢山の蒸しパンを載せた人につぶやきを聞かれ、あっという間に屋台に引き込まれてしまった。ふかふかの蒸気でおいしそうに蒸し上がったパンは、生地に何か混ぜているのか何種類もの色があった。
「ここに来たら蒸しパンって聞いてるんだけど、実はあまり慣れていないのよね、蒸しパンって」
「食べる地域の人と、食べない地域の人がいますからねえ。ニョルムルも元々は蒸しパンの習慣がなかったんですけど、宿に泊まりに来た遠方の客に教えられたと言われてるんですよ」
蒸しパンを魔法で作るのは難しい。普通のパンなら、魔法で作れる。大きさや白黒や混ぜ物についても、ある程度調整が効く。けれど、蒸しパンや種なしパンのように、「膨らませて焼いて食べるパン」から遠いものは、根本の模様が違うようで《パン作り》では作れない。
「じゃあ、ふたつくださいな」
「味はどうします? 普通の白、ブドウを入れた白黒、黒糖で甘めにしてある黒、酒入り、いろいろありますよ!」
「……まだお昼だから、白ふたつで」
ワインを多めに入れて膨らませたパンもおいしいらしいから、多分発想は一緒なのだろう。とりあえず、一番普通の味をふたつ買った。ひとつをカバンの中のルイス達に割って分けてやり、ひとつを自分で食べる。
「これ、おいしい!」
「おいしいです、マスター!」
「ふわふわしてます」
《ドール》達にも好評だったし、私にもとてもおいしく感じる。さっそく、随分と足止めをされてしまった。