第247話 クロスステッチの魔女、お土産を買って帰る
しばらく浴場で湯気を浴びて、体を洗ってもらって、スッキリさせて。《浄化》の魔法で綺麗にした替えの服を着て受付に戻る。
「そちらの腕輪……薔薇水二杯ですね。銅貨十枚、お支払い願います」
「はーい……あの薔薇水おいしかったんだけれど、持って帰れたりします?」
おいしかったので、ルイスやアワユキにも飲ませてあげたいと思ったのだ。きっと、あの二人も喜んでくれるだろう。飲む水を杯に入れて持って帰れるかはよくわからなかったけれど、ダメ元で聞いてみたら「旅の魔女様ですよね? 構いませんよ」と言ってくれた。
「じゃあ、二杯いただけるかしら」
「あ、魔女様はうちの宿に泊まっていただいてるの。届けてくれる?」
「アイシャのところね、わかったわ。夜の鐘までには届けられると思うから」
受付の人は、アイシャの旧知だったのだろう。快く了承してくれたので、私は買い取る分も合わせて銅貨を二十枚払った。一応少し多めに持っていて、本当に良かったと思う。
「魔女様、この時間になると小さな屋台とかが沢山公衆浴場の周りにできているんです。少し見ていきましょうよ」
そう誘われて、私はアイシャと一緒に公衆浴場の外へ出た。夜になるとひんやりとした風が頬を撫でる。物売りの声が何種類も混ざって耳に届き、賑やかな気配で楽しませてくれる。串焼き肉に氷菓子、甘い果物、香辛料を効かせた焼き魚、扇子に練り香水……。
「夜だから、やっぱり食べ物を売る店が多いのね」
「ええ。でも魔女様には母さんのおいしいお夕飯がありますからね、あまり買い歩きはされない方がよろしいかと」
「たまのお祭りなら、楽しいんだけどねぇ。もしかしてこれ、毎日?」
毎日ですよ、とアイシャが頷いた。私の故郷では、屋台が出て皆が参加して買い歩き……だなんてこと、年に一度の新年祭り程度だった。新年と言っても暦上の冬ではなく、春だけれど。真冬は寒すぎて、そんなことをする元気なんてないのだ。温かい食べ物なんて屋外で作ってもすぐに冷えてしまうし、下手したら凍り付く。一番冬が酷い頃には肌が濡れたら、そこが凍り付くことさえあるのだ。
「本当に、ところ変われば何でも変わるのねぇ……」
ため息のような物が漏れる。王都と呼ばれるような大きな街でなく、大きな街道からも少し外れているのに、これほど賑やかな場所なのだ。
「都に行ったら、もっともっと大きな市場や浴場があるらしいですよ。すごいですよねぇ」
「すごいわねぇ」
そんなことを言いながら、小さな布張りの扇子を見つけてひとつ、記念に買っていく。宿屋に戻ると、出来上がった夕食のいい匂いがしていた。