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クロスステッチの魔女と中古ドールのお話  作者: 雨海月子
10章 クロスステッチの魔女、夏

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第213話 クロスステッチの魔女、《トリバネ》の魔法を見る

 甘い菓子に素敵な服、もらったいくつかの《名刺》、と買ったものを思い返すと、魔法のかかったカバンでなければきっともっと大荷物を抱えて大変なことになっていたかもしれない。そんな風に思っていると、誰かが空を指差した。誰かの声もする。


「見て」


「そろそろお開きみたい」


「夜が明けるわ」


 魔女でごった返す中、背伸びをして空を見る。瀝青(チャン)のように真っ暗だった空の、東側の色が薄くなっていた。いつの間にか、徹夜をしてしまったようだ。あの不思議な水晶玉を試せていなかったことに気づいて、失敗したな、と思ってしまう。


「随分と長居をしてしまった。やはり、"糸の女"達の作るものは面白いな。行くよ、"三番目の雛"。お別れをお言い」


 "早く飛ぶ翼"は夜市の外れを目指しながら、そう言って自らの弟子に挨拶を促した。"三番目の雛"は私達の方に向き直って、足を止める。


「"糸の女"達、クロスステッチの魔女とリボン刺繍の魔女。山かかる霧の晴れてもまた現るるが如く、汝らもまた現れんことを」


「《トリバネ》達、"早く飛ぶ翼"、"三番目の雛"。山に降る雨の沁みてもまた降るるが如く、汝らもまた現れんことを」


 聞いたことのない言葉だけれど、恐らく同じような意味だろうと判断して、再会を願う方の別れの挨拶をする。もう会うことがない人に対してであれば、違う挨拶になるものだった。お互いにうまく通じたのか、「またね」と言って"三番目の雛"が師の後を追う。夜市の外れでは、夜明けの気配に箒に乗って家へ帰る魔女達が何人かいた。もう少しすれば、帰る魔女が増えてごった返すようになるのだろう。


「クロスステッチの魔女は、私達の魔法を見たことはあるか?」


「ないの。どうやって魔法を使うの?」


 私の素直な問いに、"三番目の雛"は「私はまだ未熟だから」と言いながら、鳥の羽を綴り合わせた外套を両腕に絡めるように、ぐるりと腕を回した。細い二の腕に鳥の羽が絡み付いた、と思ったら、彼女の両腕が外套と同じ艶やかな黒い羽の生えた翼に変じていた。


「まぁ! 姿を変える魔法なのね!」


「私はまだ未熟だから、腕を翼にするのが精一杯だ。でも、……ほら」


「きちんと修行をすれば、ここまで行けるよ」


 "早く飛ぶ翼"も同じような仕草を私にしてみせたかと思うと、その両腕が翼に。口は嘴に。長い外套が全身を覆い、あっという間にその体のすべてが鳥に変じていく。ああ、こうしてみるとわかった。カラスだ。二人とも、黒い羽はカラスのものなのだ。

 気づけば大きさまで変わって、完全にカラスにしか見えなくなった"早く飛ぶ翼"の後ろを、腕を翼にだけ変えた"三番目の雛"が追いかけて浮かび上がる。

 そうして、二人は南の空へと消えていった。

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