第210話 クロスステッチの魔女、たまには自分の服を買
服というのは高価だ。糸を紡ぐのも、布を織るのも、服に仕立てるのも、手間がかかる。魔女はそれを好きでやってる酔狂者とはいえ、《ドール》の服より自分達の服は布をたくさん使う。結果、魔女の服も相応の値段がすることは多かった。メルチの太陽と月と星のドレスなんて、私が100年借金漬けになっても買えないに決まってる。
「どうして、小さな服と大きな服は値段がそこまで変わらないんだ? 大きな服は布を沢山使うから、高いのだろうと思っていた」
魔女相手に服を売る店で“三番目の雛”にそう聞かれたとき、そういえば私も昔に同じことを聞いたことを思い出した。
「小さな服には、小さく縫うための相応の手間賃。大きな服には、沢山の布に相応しい材料費、ってうちのお師匠様は昔に言ってたわ」
「確かに、小さく縫うのは難しい。針仕事は苦手だ……狩の方がいい。弓はよく当たる」
「あっ、いいなぁ! 私は自分の弓をもらう前に魔女になったから、持ってないのよ。石当てなら得意なんだけど」
“三番目の雛”とそんな話をしながら、《ドール》のそれに比べれば多くない自分達用の服を見る。黒は魔女の礼装だから、やっぱり黒の服が多い。
「こういう服はある程度、平均的な大きさに合わせて作られてるから、リボンとか紐で体に合うよう調整して着るのよ」
腰に白く染めた革製の見せコルセットのようなものがついた黒いワンピースを手に取ると、薄手の布が何枚か重なって服を構成しているようだった。肩までの長さなども合いそうで、着るための裾や袖の調整も必要なさそう。
「マスター、それ絶対似合います!」
「ふわふわー! ふわふわしてるのー!」
「おや、お目が高い《ドール》達ですね。いい子達をお持ちのようで。お金は取るけど、その服に見栄え良く魔法の刺繍を施してもあげられますわよ?」
ルイスとアワユキがはしゃいでいると、店主の魔女が私の側に近寄ってそんなことを囁いてきた。私の手に渡されたのは、魔法の刺繍の一覧だ。《身の守り》、《魔力感知》、《色替え》、《洗浄》、《癒し》……どれも気になるけれど、お財布の中身を思い浮かべると刺繍までしてもらうようなお金は足りなかった。服だけならまだ、買えないことのない値段がついている。
「マスター、他も綺麗ですけどこれが絶対似合うと思うんです」
「綺麗な服! 綺麗な服!」
キラキラとした二人の瞳に見つめられ、店主の魔女に視線を向ける。
「……今は刺繍なしで買って、後から持ち込みで刺繍してもらうことはできますか?」
「できますよ?」
かくして、私自身の新しい服が一枚増えた。