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クロスステッチの魔女と中古ドールのお話  作者: 雨海月子
10章 クロスステッチの魔女、夏

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205/1069

第205話 クロスステッチの魔女、怪しい老婆に売りつけられる

「さあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい、かわいいお嬢さん達、あなたのお役に立つものがあるよォ――」


 私の足は自然と、その呼び込みの声のする方に向かっていた。からん、ころん、とヤギにつけてたような鈴の音色がする。後から思えばその時は、お姉様や《トリバネ》の女達のことが意識から消えていた。ただ、あの声と鈴の音のする方へ行くことしか、意識がなかったのだ。


 少し歩くと、目の前には小さな露店がある。周囲の風景はわからなかった。ただ、白か黒ばかりが広がっているような気がする。まるで、夢の中にいるような心地だった。小さな露店には皺くちゃの小さな老婆が一人、蹲って座っていた。灰色の小汚いローブをまとい、深くフードをかぶっているから、顔はわからない。ただ、袖から覗く手は枯れ木のようにしわがれていて、きっと顔もそうなのだろうと思った。首元は見えない。裁縫魔女の証である、ガラスの首飾りは少なくとも見えなかった。


「お嬢ちゃん、お嬢ちゃんに必要なものはここにあるよ。ひひひ、さぁどうだい?」


「何があるのかしら」


 小さなテーブル掛け程度の布に、用途のわからない品物ばかり沢山並んでいる。どれが何なのか、何に使うものなのか、まったく想像もつかなかった。

 女の長い爪のついた手が、中にヒビの入った水晶を持ち上げる。


「これは《過去見の水晶玉》。知りたい人の知りたい過去を、すこぉしだけ見せてくれるさね。どれだけ遡れるかは、お嬢ちゃんの魔力次第さ」


 次に取り上げたのは、中にキラキラしたものを封じ込めた透明な小瓶だった。《妖精の寝床》に似ているけれど、さらに強い光を放っている。


「こやつは《流れ星の涙》。出来上がった魔法に一振りかけてやるだけで、その魔法の力を何倍にも強める品物じゃ。……ああ、あと、お嬢ちゃんにはこれも役に立つじゃろう」


 それから、老婆は薄汚れた革の小袋をひとつ、私に見せてくる。


「《魔隠しの袋》はいらんかね、この中に入れた物は、魔法の力を隠される。魔法があることさえ、魔女同士でも気づけなくなる袋ぞえ。どれも我らの魔法が作り上げ、絡め取った品。お聞き及びかえ。お嬢ちゃんのような運のいい娘さんだけに、特別にご案内の品じゃ」


 そう言うと、老婆は私の手に、勝手に《魔隠しの袋》に水晶玉と小瓶を入れて渡して来た。断るべく返そうとするものの、萎びた手とは思えない力の強さに押しつけられる。


「あの《ドール》に名をつけ、愛を注ぐそなたへの品じゃ。お受け取りなされい……クロスステッチの魔女や」


 その声を最後に、ふっと夢から覚める心地がした。

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