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クロスステッチの魔女と中古ドールのお話  作者: 雨海月子
10章 クロスステッチの魔女、夏

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第200話 クロスステッチの魔女、もう一度《魔女の夜市》へ行く

「それじゃ、行くけど……クロスステッチの魔女、箒は少しは上達した?」


「大丈夫です! もう《引き寄せ》もなくても平気ですよ!」


 ルイスをクッションの上に、アワユキをカバンの中に入れて、私は箒に跨った。グレイシアお姉様の箒は、久しぶりに見る。良く磨かれた赤茶色のカタンの樹の柄と枝。ほんのり甘い匂いがする気がするのは、高価な蜜蝋を塗り込んでいるからだろう。房の部分には同じカタンの枝だけではなく、ドライフラワーがいくつかまとめられている。乾いて色が変わっているから、何の花かはわからない。けれど、花の香りと少しの魔力を感じた。


「グレイシアお姉様の箒、初めて見ました」


「たまには飛んであげないと拗ねるのよ、この子」


 私自身の箒は、花も刺さっていない単純なものだった。最初は皆、こういうものなのだと言う。箒が上達して初めて、箒を自分好みに改造する余地が生まれるのだ。


「《扉》では行かないんですね」


「試験よ、試験。貴女の箒の様子を見るように言われているの。去年はどうしたの?」


「近かったので歩きました」


 《魔女の夜市》が開かれるのは、年に一度。その時その時で、店を出したい魔女達の数に合わせて場所を変えるのだ。今回は広い方の会場になった分、この家から遠くなった。


「じゃあ、《引き寄せ》なしでちゃんと飛べるか見てあげる。上手に飛べたら、箒にひとつくらい花を差してもいいわよ」


「やった!」


 嬉しくなって、いつもより強く足元を蹴って浮かび上がる。体が軽く感じるのは、きっと気のせいではないはずだ。


「クロスステッチの魔女、ルイス達を連れてるのを忘れないことね。曲芸なんかしたら、その子達落ちるわよ」


「う、わかりました……」


 普段から曲芸なんてしたことないのだけれど、多分、急な方向転換などをするなと戒められている、のだろう。ルイスもアワユキも空を飛べるようになっているとはいえ、落とさない方がいいに決まっていた。


 夜の風を切って飛ぶ。暖かいを通り越して暑くなってきた空気も、こうして飛んで切り裂くと少しだけ涼しくなる。最近は夜が短くなったから、早く会場に着きたかった。私のすぐ横を飛んでいるグレイシアお姉様は上品に横坐りしていて、私のように跨りはしてない姿勢がかっこいい。


「ちゃんとお金は持ってる?」


「持ってますよ!」


「生活費、全部使っちゃダメだからね。……こら、目を逸らさない。ちゃんと前を見て飛びなさい」


 グレイシアお姉様の言葉に顔を背けていたら、私の爪先にある景色が明るく光っているのに気づいた。会場に着いたのだ。

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