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クロスステッチの魔女と中古ドールのお話  作者: 雨海月子
9章 クロスステッチの魔女と魔女の掟
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第190話 クロスステッチの魔女、《ドール》と物語を読む

「マスター……ご本を読んでおられるのですか? 今度は、また何か作るんです?」


「違うわ、今日は物語を読んでいるの。お師匠様が昔、私に文字を読む練習にくれた本でね。色々な物語が書いてあるから、これひとつで何人もの語り部や吟遊詩人を兼ねているのよ。起こしちゃった?」


「マスターのお声が聞こえてきたので」


 どうやら静かに読んでいたつもりでも、声が出てしまっていたらしい。一足早く起きたルイスに、私はせっかくだから古いバラッドの一節らしい文章を読み上げた。


『輝けるかな小さな国、山の女神の掌の国

実り豊かに栄えたまえや、静かなる日々の永遠に続けや

されど願いは千々に乱れて、今となりては湖の底

古き良き日の夢を見て眠れや』


 私は文章を読むのが上手ではないから、語り部や吟遊詩人のようにつらつらと澱みなく歌い上げることはできなかった。節回しもわからないけれど、こういう歌は好きだ。どこか遥か遠く、自分と地続きでない物語の方がいい。その方が、遠くに行けたみたいで楽しいから。


「マスター、そのお話はどんなのなんですか?」


「まだ最初の方しか読めていないの。古い古い大昔、どこかの山間に小さくて平和な国がありました……ってだけ。でもタイトルとバラッドからして、多分、今は湖の底みたいね」


 小さくて平和な国にどんな物語があって、今は湖の底に沈んでしまったのか。きっと、この本はこれから教えてくれるのだろう。日常の役に立つわけでもなく、魔女が使う魔法の力があるわけでもないのに、物語には魔法の力があると思えて仕方なかった。


「なーにー? 何か楽しいお話?」


 続きを読もうとしてたところで、今度はアワユキも起きてきた。よしよしと撫でてやりつつ、私の肩によじ登ってきたアワユキが本を覗き込むのをそのままにしてやる。ルイスが「僕も見てみたいです」と飛んできたので、一気に顔から肩にかけてがなんというか騒がしくなった。かわいいから許す。


「今のところ、楽しいお話かはわからないなぁ」


「あんまり楽しくなさそうな気がしますよ、アワユキ。怖いお話かも」


「なあになあに?」


 私はまだ眠っているイヴェットが起きてしまわないように、唇に人差し指をあてて「しー」のジェスチャーをすると、簡単に今わかってることをアワユキに話してやった。


「水の精霊が怒っちゃったとかかな?」


「何か災害があったとしても、国全部が水に沈むとなったら大きな湖になりそうですね」


「どうなるかは、これからきっとこの本が教えてくれるわ」


 私はコツコツと、軽く本のページを撫でる。続きが少し楽しみだった。

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