第182話 クロスステッチの魔女、おさらいをする
イヴェットの観察日記とその清書をしようとした時、一枚の紙が一緒に入っていることに気づいた。薄い紙……と思っていたが、多分、これは刺繍された布だ。今となっては珍しいけれど、紙ができる前に使われてた、とお師匠様から聞いたことがあった。魔女同士の大切な約束や、大きくて大事な契約の一部は、今も布を使うらしい。
『魔女の掟
美のために人を傷つけることなかれ。
汝の魔の母と姉妹を愛せ。
魔女が傷つけられた時、これに立ち向かえ』
私が聞かされた掟とは少し違うから、古いもののようだ。魔絹の布に金で刺繍された、永い約束を示すもの。紛れ込ませるにはあまりにも異質なものだから、お姉様がわざと入れたのだろうか。……それにしても、どうして?
とにかく大切そうな布が傷まないよう、私は布に《状態保存》の魔法のリボンをかけて棚の上に置いた。魔法があるとはいえ、虫や染料で汚したり傷つけたりしないためだ。
「マスター? どうしたんです?」
「お姉様の布が、渡された紙に紛れていたのよ。大事なものかもしれないから、とりあえず保管して……今頃出かけてしまってるだろうし、イヴェットを迎えに来た時に返すわ」
私がうっかり忘れても、こう言えば賢いルイスが覚えててくれるかもしれない。そんな風に思いながら、まずは適当な紙に下書きをすることにした。こんな綺麗な紙に一発書きとか、お師匠様もお姉様もみんなやるけど怖くてできない。
『1日目。イヴェットの言動には異常はありませんでした。食事として、砂糖菓子とお茶を与えています。《浮遊》の魔法リボンをかけて、転倒と落下を防ぐようにしました。
家に連れて帰った後は、私の資材整理を手伝ってもらいました』
普段の書き付けと違って、グレイシアお姉様に渡すとなれば、いつもよりずっと字を綺麗に書かなければならない。それに、言葉遣いも丁寧にしておかないと、後で書き取りとか書写の罰則が飛んでくる気がする。グレイシアお姉様は、お師匠様よりも礼儀に厳しいのだ。
「もうちょっと書いておいた方がいいかもな……」
『イヴェットは特殊な核の《ドール》との話でしたが、彼女の言動は新品の《ドール》より固いものの、破綻はしていません。突然踊り出す等の、事前に聞かされていた奇行もありません。読み書きがある程度できるのか、ルイスに任せていた分類の一部を自主判断していました。力については、自分の分の食器は軽々持てるようです』
とりあえず、こんな感じだろうか。見たままのことを丁寧に書いて、それをいただいた紙に書き写してから私は眠りについた。