第169話 クロスステッチの魔女、核の講義を受ける
「名前は、イヴェット。性別は……無性? また変なの作ったわね。精神等級は、コスモオーラの三日月級」
「コスモオーラ?」
《ドール》の核に、そんな名前のものはなかったはずだ。楽しみの黄核、悲しみの青核、怒りの赤核。憎悪の黒核、恐怖の緑核、祈りの白核、喜びの透明核。恋の桃核に……魂をまるごとくべた虹核。人間の心のカケラを採取して核とし、《ドール》に籠めるやり方は知らなくても、それらのある程度の種類は知っていた。
《ドール》とは、魔女が見出した最高のパートナーであり、友であり、《魔法纏う着せ替え人形》。見習いの間、一番の目標は自分だけの《ドール》を手に入れることだった、という魔女も少なくない……私もそうだった。新しい核を見出し作り上げることは、とても難しいと聞いている。新しい核の子がもしお店に並べば、すぐに話題を掻っ攫うだろう。
「コスモオーラ、なんて石の名前は……あ。前に一度お師匠様に見せてもらった、細工の魔女達の加工宝石でしたっけ。そんな名前をつけるなんて、変わってますね」
「まだ色々実験段階だし、普通に核を作るよりも色々と手を加えてるらしいね。コスモオーラ、と言い出してからこれで25体目……やっと彼女の家から出せる程度には動けるのができたようだわ」
グレイシアお姉様いわく、本来は特別な魔法で分けてもらった人間の心のカケラを魔法の薬液と粉で育て上げ、核とするのだそうだ。その時にあれこれと『門外不出の加工』を施していて、この時に三日月級や半月級といった精神等級が決まるらしい。コスモオーラと呼ばれている子達はさらに特殊な加工をしているようだけれど、詳細はさすがにお姉様も教えてもらっていないらしい。
「お姉様、《ドール》の核として心のカケラを提供した人間って、そういえばどうなってしまうんです?」
「しばらくしっかり食べて寝て、素敵なもので心を動かしていけば元の暮らしに戻れるわ。多少、前よりその感情が鈍くなることはあっても、ゼロにはならないし、後遺症もないの。だからたまに、人間の方から申し込まれることもあるのよ」
「何がしたいんです?」
「自分では抱えきれない感情の一部を魔女に取り出してもらうと、スッキリするの。そういう意味では叶わぬ恋と、相手のわからない復讐は似ているわ」
何かさらりと恐ろしいことを言われた気がするけれど、深くは聞かないことにした。お姉様にそうやって感情の採取を求めた人間のことなのか、それとも魔女になる前のご自身のことかなんて、怖くて聞けない。
私がなんとなくルイスの頭を撫でてやると、ルイスは甘えていいと判断したのか可愛らしくくっついてくる。この子の本当の核のことは、お姉様にもバレてはいけないことだった。