第162話 クロスステッチの魔女、雲のことを聞く
「グレイシアお姉様、あの雲って一体何なんでしょうか……?」
「その前に、そのぬいぐるみのことを聞きたいんだけど」
あ、そうでした、と話した気になっていたアワユキのことを、グレイシアお姉様にも話した。まったく、とやや呆れたような声が返ってきたのは、多分本当に呆れが入っているのだろう。出されたお茶を飲みながら、アワユキがふわふわと浮いてお姉様に撫でられるのを見ている。大変に眼福だ。
「これ、毛皮は何?」
「ルイスが仕留めた魔兎の革です。あの子が、使っていいって」
「他にも色んな素材を使っているみたい。時間かかったでしょう、これ作るの」
「この子、最初は雪兎の身体に入ってたんです。雪が溶けないように、新しい体に移してやった感じで」
なるほど、と言いながらグレイシアお姉様はアワユキの額の石の周りを撫でる。アワユキは嬉しそうにしていたから、今度私もやってあげよう。
「今夜は泊ってお行き、帰りにまたあの雲に遭遇したら嫌だろう」
「あの雲って何なんですか? それに、魔女組合で聞いた、《裁縫鋏》って……」
グレイシアお姉様の顔が固まった。「《裁縫鋏》に会った?」と平坦な声で聞かれて、「多分」と答える。あの時、処刑場にいた女は服に裁縫鋏の刺繍をつけていたから。
「《一条破り》の重罪人たち。自分の美のために、人や魔女、魔物、《ドール》の命まで踏みつけにして笑っていられてしまう、壊れた魔女達よ。絶対に、絶対に、真似をしてはいけない」
「……処刑場で、死罪になった罪人の血で糸を染めている女を見かけたんです。あれが綺麗だとは、私には思えませんでした」
私の感想に、お姉様は目に見えてほっとした様子だった。私がああいう方向に傾いてしまうことを、危惧していたようだ。それだけではないようにも見えるけど、お姉様の防御を突き崩す自信はなかった。
「それがいいわ。その価値観を、大事にして。何回も《裁きの魔女》達に検挙されても、時々残党が湧いてきてね。《裁きの魔女》達は捕縛用に雲を作るとしても近くに作り手がいるし、作ったのなら恐らくは《裁縫鋏》よ。ただの雨風をもたらすだけの雲ならいいんだけど、そうじゃない雲もあるから……」
「おかしな雲、ですか?」
「そう。害がある雨を降らせるの。雹とかで単純に痛いこともあるし、魔法を練り込んである雲だと、もっと危ないものも作れる。迂闊に言いたくないような、危ないのもね」
「わあ、すごーい!」
「すごいというより危ないだから、アワユキちゃんも見かけたら逃げるのよ?」
言い澱まれるほどの「危ない雲」ってどれだけ危ないんだろう、とは思ったけれど、聞いてくれるなとお姉様の目が言っていた。