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クロスステッチの魔女と中古ドールのお話  作者: 雨海月子
8章 クロスステッチの魔女と春
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第135話 クロスステッチの魔女、別れの準備を終える

 お師匠様から教わった立体物の作り方で、順調に部品部品が組み上がっていく。手や足には青空胡桃の綿を詰めて、それが飛んでいかないよう紐でくくりつけておくこともできるようになった。毛皮の手入れも万全で、ふわふわだ。


『アワユキの体、もうすぐできそうー!』


 雪兎でできたアワユキの体が、魔法でも保てないほど溶けてしまうより早く。かと言っていい加減な仕事をしては、アワユキの身体として機能しなくなるから、確実に。そんな私の心根を知ってか知らずか、アワユキはひとつひとつの部品が出来上がる度に喜んでくれた。崩れてしまわないように、跳ねるのを控えめにしてもらってたら、今度は耳を何度も何度も動かしている。まるで犬の尻尾だ。


「ひとつひとつ、手や足を胴体につけていくからね。明日……明日、アワユキをこのぬいぐるみの体に移すわ」


「よかったですね、アワユキ」


「明日は私もお手伝い頑張ります、姉様」


「だから今日は、早く寝るわよー」


 はーい、と三者三様の返事を聞くのもあと少し。早く寝るからとメルチを彼女の藁寝床の部屋に追い払って、私は少し遅くまで『本』の仕上げに取り掛かる。ルイスに手伝ってもらい、まとめた羊皮紙束に革の表紙を取り付けた。粘り泡草でしっかりとくっつけ、分厚い本を重石にする。本当は四隅に金具を取り付けて丈夫にすることも考えたけれど、残念ながら私にはそういうものがどこで手に入るのかわからなかった。歯車細工の四等級魔女に聞けばわかったかもしれない、と重石を載せながら思ったけれど、流石に時間も足りない。代わりの手は打てたから大丈夫、と思いながら、私はその夜は目を閉じた。


 翌朝。メルチが窓を開けると、空は綺麗に晴れていた。吹き込む風には、かすかな花の香り。春に咲く桜桃の花の、蕾が綻びつつあるのかもしれない。あの薄桃色の花が咲けば、春だ。いつか会った刺し子刺繍の魔女が、そう言っていた。私達がその実を摂ることと一部の染料にすることしか考えないあの花を、彼女の国では人間も魔女も寿いで大切にしている、と。


「姉様、風が暖かくなってきましたね」


「この甘い匂いはなんですか? 少しだけ、外から吹き込んできました」


「さくらんぼの木よ。薄桃色の花が咲いて、散ったら、おいしいさくらんぼが実るわ」


 今日がその日だ、と私にはわかった。さくらんぼの花の香りの風が吹いた日、アワユキの体ができて精霊が宿って……その日が、メルチの旅立つべき吉日。お師匠様の言葉が、耳に蘇っていた。


 大丈夫、準備はできている。

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