第1069話 クロスステッチの魔女、街を出る
「あなたはいつも、冬になると籠もるつもりでこの街に買い物をしに来られるじゃないですか。それを思い出したからか、今年は備蓄を増やす家が多いそうです」
「あらまあ」
「おかげで、うちも去年の父の記録よりよく売れています。売り上げを上げてくれた魔女様に、心ばかりのお礼を」
接客を終えたジョナサンはそう言って、私に新しく仕入れたという茶葉を半袋つけてくれた。春に感想を聞かせてほしいそうだ。新しい店主になった店をもう少し見ていただけなのに、なんだか悪いことをしてしまった気分になる。
「もしかして今日、いろんな店でおまけをもらったのって……」
「罪悪感と、お礼でしょうな。この街は、魔女の側にいながら魔女に頼らないよう、自分達の足で生きていくことが誇りでした。けれど春に、皆であなたに奇跡を縋ってしまいましたから」
私が思っていたよりも、あの出来事が――ああなったこと、それ自体が。街の人達にとって、影響のあることだったらしい。
「まったく気にしていないと言えば嘘になるけど、あなた達が気にしているほどは絶対に気にしてないわよ、私」
「まあいい機会ですので、しばらくこのままお付き合いください」
「そうさせてもらおうかな――次は、多分春ね」
「おまけがいっぱいで楽しいのー」
「こらアワユキ、そんなさもしいことは言わないの」
雪が降るまでは猶予がある。とはいえ単純に、今日こんなに買い込んだのだから、当面街に出る予定はなかった。魔女組合へ稼ぎに行くかどうか、になるつもりでいる。
「なら、おまけの分の味の話は、次の春に」
「ええ、またお越しください」
ジョナサンとはそれで別れて、店を出る。必要なものがあることを、カバンに手を入れて確認した。見ても《空間拡大》されたカバンの中身の目視は難しいから、これが一番早い。
「……よし、お買い物完了! さて、帰るわよ」
「はぁい」
街を出る方へ歩いていくと、知った顔や、その息子や娘の顔が目についた。代替わりした店も多くて、多分あと数年もすれば、私がおのぼりさんをしていた頃を知る人は店頭からいなくなるだろう。恥を思い出させられる心配がなくなると思いつつ、少し寂しいことだとも思った。
「時間って、あっという間ね……ちょっと機織りしている間に、何日も過ぎて」
「次の春のこと、忘れないように僕たちが覚えておきますよ」
「わたくしもです」
少ししんみりしてしまった私に、《ドール》たちが励ますようにそう言ってくれた。




