第1068話 紅茶屋の息子、魔女を接客する
この街は、魔女が数人暮らしている森に近い。ゆえに、この街ならではの掟というものがあるのは、外からやってくる商人などから聞いて知っていた。
――魔女に奇跡を乞うてはならない。
――もしどうしても乞うのなら、必ず対価を払わなくてはならない。
――魔女の善意を頼りすぎてはいけない。
『この街は特に、それが強いねぇ。だから、魔女を見かけるんだろうけれど』
『どこもそんなものじゃないか?』
俺がそう言うと、彼は首を横に振る。
『俺が住んでる村では、まず、魔女を見かけるなんて年に一度あるかないかさ! ガキが魔法を見せてだのなんだの頼んで、嬶からゲンコツ落とされたりしてる。俺もやられた』
確かに、そういうことをする子供はこの街にはいないだろう。魔女の魔法に頼りすぎたり、ねだりすぎた者達の物語を、何度も聞かされていたからかもしれない。そういう人間は、後々で大変なことになる、と。何より魔女達は普通に暮らしているだけだから、あんまりワガママを言ってはいけない、と。
『どうしても頼りたくなるが、それをしないでいるからこそ、こういう場所に魔女が来るんだろうな』
それは多分、この街の矜持のひとつだった。人の足でも歩いたら行けるような場所にある奇跡に縋ることなく、人の力で生きていることが。……去年の冬は、その矜持を砕くほどにおかしかった。寒くなるのが早く、雪は何より多かった。例年より行商人も旅人も減り、モノも情報も入りづらくなった。この辺りは平地なので問題なかったが、雪崩で潰れた村もあったと言う。――それで、居合わせた魔女に奇跡を乞うてしまった。
あの出来事の後。冬の間、否、その前からずっと考えていたのだと言って、兄さんは春に家を出た。王都から手紙が来たのは、夏の初めだった。元気にしているらしい。
「いらっしゃいませ」
それから、父が折れて俺が店主を継いだ。歴代の店主が魔女達と約束したことを書き記した、本も引き継いだ。拙いながらも店を一人で回すようになって、秋になって。
あの日に奇跡を乞われた魔女が、なんでもない顔をして店に来た。例年通り、冬に籠る前の買い物だと言って。
「父から聞いておりますよ。黒い髪に青い目の、《ドール》を沢山お連れの魔女様。新しい店主の、ジョナサンと言います」
「あら、ジョナサンが継いだの。確か、お兄さんがいなかった?」
俺が兄の話をすると、魔女は笑った。父は彼女を、まだ人間だった頃から知っていると言う。そういう人が来てくれたのは、ありがたかった。




