第1060話 クロスステッチの魔女、やりたいことを考える
私はおいしいジャムをいただいたところで、家に帰る旅の続きをすることにした。箒に乗って街の門から飛び立ち、また、魔法の鳥が導く方向に向かって飛んでいく。色々と魔法を試したいという心はあったけれど、いったん家に帰ってからの方が、やっぱり素材はいくらでも出せるのだ。
「……そういえば、いつかやってみたい魔法があるのよね。噂だけだけれど」
「何かあるんですか?」
「私のカバンの魔法って、《容積拡大》でしょう? けれどこの世にはね、《空間接続》……《扉》の魔法の応用を使って、カバンの口と家の倉庫とかを繋げてしまう魔法があるらしいの」
「すごいねー?」
アワユキの返事は、わかっているようないないような、曖昧なものだった。いかにそれがすごいことか、つい、力説してしまう。
「それが本当なら、《扉》とは全然違う理屈で同じ結果を作っていることになるのよ。だって《扉》の魔法——特定の扉と扉の魔法を繋げる魔法って、魔法で作った扉を本物の扉にすっごく似せないといけないの。それで、『似ているものは同じもの』の法則を使って、魔法として成立させているわけ。《虚ろ繋ぎの扉》は、その逆。どこにも繋がらない、どこにも同じものがない扉を作る必要があるのだけれど」
だからどこにでも行ける扉として、《虚ろ繋ぎ》という名前を与えられているのだ。もちろん、どこかにある扉を特定して作る魔法より難しいし、苦労が待っている。それでも、いつかは使えるようになりたい憧れの魔法のひとつだった。お師匠様とか、《天秤の魔女》とか、使っている魔女を見ているとやっぱりかっこよく見えてくるし。
「それじゃあ、扉の姿をしていないけれど、扉と同じことをさせるのって……」
「難しいわよ」
「やれたらすごいねえ!」
「あの本に載っていたりするんでしょうか」
「難しい魔法は読ませてもらえないからなあ……頑張っていたら、そのうち本も教えてくれるのかも」
とはいえ、《扉》の系統の魔法は、本当はひとつとして同じ魔法にはならない。細かな装飾の部分だとか、扉を再現する部分だとかは、作りたいもの・繋げたいものによってひとつひとつ、違うからだ。それを見つけることもまた、必要な素養であり、要するにその分の試行錯誤が必要になる。
「やれるようになりたいなあ」
「おうちに帰ったら、たっぷりお試しになってはいかがでしょうか」
「そうね、できる魔法をまずはひとつずつ増やしていきましょうか」
私は昼の温かい空気と風を浴びながら、作りたいものについてぼんやり考えていた。




