第1056話 クロスステッチの魔女、小さな織り機を買う
小さい魔法は、最初から小さい布にかけておく。それは、いい発想に思えた。布を裁ったりほつれ処理をする手間は減るし、小さい布の分なら貴重な素材だって使うのに決心をつけやすい。
「これ買うわ」
「小さい布を作るんです?」
「ええ。小さい布を織りきれるくらいで済むのなら、高くつく素材だって沢山買わなくていい。小さいので試して、必要になったら大きい魔法を刺せばいいのよ」
小さいちょっとした魔法の他には、修繕用の当て布なんかにも良さそうだった。同じ布を一巻きなり一枚なり買ってきても間違いなく余るような場所に、この小さな織り機は良い仕事をしてくれるだろう。他の買い物は……ああ、遊んで試すには普通の綿糸があるといいな。家で織るにも、糸は必要だ。染めていない綿糸をひとかせ、これも買っていくことにする。
「これくださいな」
「はい、……確かに。ちょうど受け取りました、どうぞ」
普通に買い物もできるようになったな、なんて思いながら、私は品物を受け取って一度カバンに入れた。宿に帰ってから開こうかと思ったのだけれど、もうそれなりの時間になっていたので、先に食事にする。豚肉の塊を焼いたものを、宿の人が私や他の客に切ってくれてパンと食べるのはおいしかった。かなり大きな塊肉を焼く関係で、食事をしてくれる客がある程度いないと出しづらいらしい。
「香辛料を擦り込んでいるとはいえ、中身全部は守ってくれないからな。今日は家族連れとかも来ているから、久しぶりに出せたよ」
「これおいしいからもう一切れ食べたいわ」
「毎度。今切りますからねぇ」
《ドール》のみんなにも少し分けてやりながら、もう一切れもらったものをさらに切って頬張った。ついているナイフがよく切れるものだから、おいしく気軽にいただくことができて、いい料理だったと思う。パンに乗せて、おいしい汁ごと頬張るのも格別だ。
「はあ、おいしかったわ……なんとかして家で作れないかしら……」
魔法で保存して、数日同じものを食べ続けることになればいけるのか。そんなことを思いながら、作り方を厨房に聞きにも行った。
本来なら店の秘伝だろうに、「魔女様なら悪用もしないでしょうし、この味を百年伝えてくださるとありがたいです」と、料理人は快く教えてくれた。それを全部羊皮紙の切れ端に書いてから、部屋で旅装を少し解く。脂汚れとインクで汚れた手を念入りに洗って、それからやっと、私は組合で買った織り機と糸、後は魔法の本を取り出した。




