第1050話 クロスステッチの魔女、依頼を見る
魔女組合のその支部では、今、布をたくさん欲しがっているのだそうだ。そう言ったのは。受付の魔女だった。
「布、ですか?」
「ええ。一定の質の条件を満たしていれば、買取もしております。普段より色をつけて……これくらいで」
普段より割高なお値段を提示されたので、やる気になった。とりあえず、カバンの中に持っている布を片っ端から広げていく。この間買ったばかりの押し布は……これは私が使いたいから残しておこう。他の布は、色々と魔法用にしまい込んでいるのだ。
「これと、これと、これと、これ! どうかしら」
「確認いたしますね」
私が織った魔綿の布や、普通の綿の布、クロスステッチ用に織っていたわざと目を荒くした布が二種類。まだ染めてはいないし、沢山織っていたから、長さもある。それを丸ごと渡しても、あの値段で買い取ってくれるのなら惜しくはなかった。貴重なものなんて何も使っていないのだから、また織ればいいだけだ。
「見てもらってる間、依頼を見てきてもいい?」
「ええ、構いませんよ」
そういうわけで、この支部に貼り出された依頼を色々と見ていくこととなった。魔物の素材を求めるものや、今回の布のように何かを作って欲しいというもの、魔物ではないけれど特定の素材が欲しい魔女。大半はこの辺りでは採れないもので、逆に近くで採れるものは四等級向けとされている。魔法を作って欲しいというのもあった。
「二等級魔女からの依頼が、《パン作り》の魔法……?」
「あ、あの人また出してる」
私が手に取りかけた依頼を見て、同じように依頼を見ていた魔女の一人が声をかけてきた。首飾りの色は四等級、まだ私より若いのが雰囲気でわかる魔女だ。
「その魔女様、一等級目指して大作を作ってるんですって。お金もほとんどその素材に注ぎ込んじゃっているし、住んでいるのも街からかなり外れているし、大作の方に魔力が使いたいからって、《パン作り》の魔法の依頼を出すそうです。彼女の《ドール》が。」
「ああー……」
納得してしまった。やる人はやる。《ドール》に魔女の名代としての力も、ある程度はあった。生活力が特に薄いというか、忘れてしまいがちだと、いかな魔女とはいえ普通に餓える。なので、《ドール》が世話を焼くのはよく聞く話だった。大金を動かすのでなければ、《ドール》が魔女の名前で依頼を出すこともないわけではないらしい。最初はもう少し制限とかも考えられたそうだが、上位の魔女ほど雑事が減ることを歓迎して、今に至る。




