第1048話 クロスステッチの魔女、川魚の話をする
「マスター、お買い物こんなにして大丈夫ですか?」
ルイスに何気なく聞かれたこと、そして日も落ちてきたことから、その日の街歩きは終わった。確かに、布や染め粉の他に石鹸だの、針だのも買っている。……魔銀では魔法同士が絡まり合って悪い効果を招くから、普通の鉄針を使わないといけない素材があると聞いたことを思い出したのもあって、つい買ってしまったのだ。もちろん鉄なので、魔銀の針を同じ本数買うよりは安かったけれど。
「……そろそろ宿に戻るわ」
最初に客引きされた宿に戻ると、そこの売りだという川魚の包み焼きの夕食が食べられた。名物というだけあって、泥をしっかり吐かせてあって臭みがない。魚はすべて、これくらいおいしければもっと食べるのだけれど。
「どうやったら、こんなにしっかり泥を抜けるのかしら」
「おや魔女様、興味がおありで?」
「ええ。川の魚は大抵、どうしても少しくらいは泥の臭いがするものだから……それを覆い隠すのに香草とかで焼いているのかと思ったんだけど、少し違うわよね?」
その言葉に頷いてやり方を教えてくれたのは、宿の下働きをしているという少年だった。
本来、川魚の泥抜きは綺麗な水に魚を数日放し、悪いものを出させる。その間は餌をやらないので、綺麗になる代わりに肉は痩せるし、運が悪いと魚は締める前に死んでしまうけれど。泥が強いところに生きていたような魚だと、綺麗すぎる水の中では生きていけないらしい。そう思うと、どうしようもなく反省できないか真っ当に生きられない人を『泥の抜けない川魚』と言うのは、よく言ったものだ。
「泥抜きの時に綺麗な水に魚を放すのは変わらねぇんですが、他所より長い時間泳がせて、ウマの豆を茹でて潰したものを食わせてやります。他にも色々混ぜてるんすが、そこはそら、ウチの秘伝なもんで」
「ああ、ウマの豆ね。あれって東の方だと、自分たちで食べるそうよ」
「あれを……食べ……あんまり考えたくねえなあ!」
いつかに会った刺し子刺繍の魔女は、あれが好きだと言って村で困っていた記憶がある。ウマの豆なんて、ウマを飼うことのほとんどないあの村では育てていなかったのだから。
下働きの少年は「ウマも魚も腹下さないってことは、俺たちが喰っても平気なのかもしれねぇけどよぅ」と真面目に考えている。
「茹でたものを、潰したりなんだりして、色々に使うんですって。おかげで逆に、自分たちで食べてしまうから、ウマにはやらないんだとか」
「そりゃあ、東のウマは不幸なことで! あいつらみんな、あれが好きなのに」
少年にはこの話が一番受けたようだった。




