第1045話 クロスステッチの魔女、お風呂で考える
お風呂が沸きましたよ、と声をかけられて、私は食事を終えてお風呂に入ることにした。ごく普通の一人用の浴槽に入り、《ドール》たちも小さな桶に入れてお湯をかけてやる。
「ああー、やっぱりお風呂はいいわあ」
「気軽にお風呂も持ち運べたらいいですのに。ねぇ、マスター」
「やりたぁい」
温かいお湯の中で体を伸ばす。風呂桶を持ち運ぶことは難しくないのだけれど、問題は、お湯の調達だった。魔法と魔法を掛け合わせて水を取り出して、お湯にして……やれなくはないけど時間はかかるし、さすがにお湯を張った状態でカバンにしまっておくことはできない。カバンの中に液体をしまう時は、必ず口が閉じられる物に入れるようにというのが、お師匠様の教えだからだ。カバンの中に溢れてしまったら、回収が難しいらしい。
「……あっ」
「どうしたの? アワユキ」
「いつものお水の袋、いっぱい入るアレに、お湯って入れられないかな?」
……それは考えたことがなかった。見た目より沢山入るあの水袋に、どれだけの中身が入るかも考えたことがない。お湯にして入れておけば、すぐにお茶だってできる。お風呂ができるくらいのお湯も入れておければ、少なくとも、一回分はお風呂を外で使えるかもしれない。
「帰ったらあの袋いっぱいに水を入れてみて、それを浴槽に入れてどれだけ入るか試してみよう」
「お風呂ができるといいですわね、あるじさま」
「キーラさまが嬉しそうだと、僕も嬉しいです」
私はツルツルした浴槽の感触を楽しみながら、真剣にお風呂を丸ごと持ち出して外で楽しむやり方を考えていた。魔法のついた水袋自体は、どこの魔女組合でも手に入るだろう。それにお湯を入れて、森で泊まったりする日でもしっかりと体を綺麗にすることができる……かなり、魅力的だ。ただ、森の中で街のようにお風呂に入ってる女なんて新手の幽霊話か変な物語にされそうだから、《目隠し》の魔法は用意する必要があるだろう。大きめのやつ。
「素材はあったはずだから……大きな布いっぱいに刺繍をして……」
ぶつぶつと呟きながら、必要なものと買うべき物を指折り数える。布は用意が必要だろう。浴槽丸ごとに使えるような、大きいものはさすがに持ってない。水を弾く防水布に刺せたら理想的だから、水袋の買い足しも含めて組合には行きたい。家へ向かうように設定していた《探し》の魔法は、一度解いた方が良さそうだった。
「実際に試すのは春ね。作ってたら冬になりそうだから……うん、今年の冬の目標ができたわ」
いい気分でお風呂から上がれた。




