第1043話 クロスステッチの魔女、宿場町に入る
いわゆる町、と呼べる規模の場所に着いたのは、その日の夕暮れのことだった。鐘の音が聞こえてきたので、慌てて早く飛ぶよう箒に言いつける。宵の鐘が鳴ると大抵の町は門を閉ざしてしまうので、慌てて中に滑り込む。驚いた様子の門番の槍をかすめたところで、やっと飛び降りられる程度に高さと速さが落ちてくれたのでそうした。
「ま、魔女様……その、いきなり飛び込まれるのは胸に悪いので……もう少し前からですね……」
「宵の鐘が終わったら、門が閉まって朝まで開かないでしょう……そろそろ宿屋のベッドが恋しくて、つい……悪かったとは思っているわ……」
中年の門番は、兜の面頬を上げて私の顔をつくづくと見た。町に飛んで入ってくるなんて魔女くらいだ――基本的に。改めて、私が魔女であって大きな鳥や魔物でないことを確認したのだろう。そして怒られた。これは仕方ないので、甘んじて受ける。
「ちなみにどこから来て、どこへ行かれるので? 怪しんでるのではなく、皆に聞いておりますんでご容赦を」
「北方山脈から来て、エレンベルクの王都に行くところよ。一晩泊まって、買い出しをして、明日には出て行くわ」
家のあたりを説明しようとすると少しややこしいのもあって、わかりやすい地名を出した。とはいえ、本当に久しぶりにあそこに行ってもいい。
「良き滞在と旅路を! ここの宿はどこでも、飯がうまいですぜ」
「ちょうどいいわ。お風呂に入れるところはある?」
「お風呂ですか……ちぃと高いところになりやすよ」
温泉の――自然と精霊の恵みがないと、お風呂というのは高くつく趣味になる。なので安くないのは織り込み済みだったから、そのまま門番からオススメの宿屋を教えてもらった。彼の姉が婿をもらってやっているという宿屋に泊まるとを決め、道を教えてもらう。
途中、呼び込みに何度か声をかけられたが、決まってる場所があると言うとみんなすぐに引き下がってくれた。こういうところでしつこくすると評判を下げるだけだと、彼らもわかっているのだろう。
「こんばんは、表の門番からここを紹介されたのだけれど」
「あら、まあ! ええ、ええ、空いておりますよ」
「お風呂と夕食、朝食をつけて頂戴。明日には出るから」
「かしこまりまして。すぐに支度をしますからねえ。あんた、魔女様を案内してあげて」
宿屋に入って声をかけると、恰幅のいい女将さんがすぐに色々を引き受けてくれた。あまり広くはないが、よく掃除のされたいい宿屋だった。




