第1040話 クロスステッチの魔女、地面で寝る
私は《輝く蜜の雫》と話し終えて彼女を巣に戻した後、《箱庭》の葉や花の一部を摘み取りながら、しばらくは蜂の様子を見ていることにした。澄んだ色合いの蜂が飛び交い、馴染めそうな様子を見守ってから、《箱庭》を閉じて外に戻る。いつの間にか外はとっぷりと日が暮れていて、大きな月が高いところまで出ていた。
「まさかこんなところで、蜂を迎え入れることができるだなんて! 運が良かったわ」
「蜂蜜酒っておうちでも仕込めるんですか?」
「多分やれるわ。なんで気づかなかったんだろう、お酒だって家で作ればいいのよ」
木箱の振動は中の蜂たちに伝わることがないとはいえ、少し慎重にカバンに入れた。彼らは半分魔法の生き物だから、《魔女の箱庭》でも生きていける。肉の部分を養うのに花の蜜が必要な分については、それなりに今の《箱庭》にも生えているし……ああ、今度甘い蜜が取れる花の種を探してきてもいい。魔女組合なら、多分売っているだろうし。帰りに寄って行こう。
「庭仕事したら疲れたわー……」
「寝ちゃえばいいと思うよー」
そうねえ、と言いながら、今日はもう寝袋を敷いて休むことにした。パッと見える範囲の木は細めのものばかりだったので、寝袋は地面に敷く。ふかふかに綿が入れられているし、魔法も入っているので、寝心地はいいのだ。木の上でも岩の上でも同じように寝られる、少し多めに払っただけの効果があるものだった。とはいえ、このあたりの木に下手な登り方をすれば、多分、折れる。寝ている間に落ちるのは嫌なので、今日は地面だった。
「結界石よし、火の番お願いね」
「前から思ってたのですけれど……火を焚かなくても、あるじさまの魔法で獣も魔物も避けませんか?」
「どっちかというと、一応、うっかり出くわす人間と魔女用ね。特に今回は地面で寝るから、蹴飛ばされないようにしないと。燃え尽きないようにお願い」
そういうことなら、と頷いてくれた《ドール》のみんなは、交代で休んだり遊んだりしながら夜を過ごす。彼らは本当の意味で眠ることはないし、休眠が必要であっても人間や魔女のそれより基本的には短く済むのだ。肉の体をしていないから、魔力の回復だけで事足りるのである。それだって、砂糖菓子で補充してやることもできるから、休眠である必要は――マスターを持つ《ドール》なら――本当は、ない。
「おやすみぃ」
「「おやすみなさい」」
私は木々の葉から透ける、砂を振り撒いたような星空を眺めているうちに、気づけば完全に寝入っていた。




