第1039話 クロスステッチの魔女、女王蜂と話す
琥珀蜂の女王、《輝く蜜の雫》が巣から這い出てきたので、私は彼女に手を差し伸べた。彼女はそっと私の手の上に降り立つ。お尻を少し上げているのは、針で私の手を刺さないようにするためだろうか。女王蜂の針に、蜜集め役や兵士役の針のように蜂毒があるかわからない。刺されたとしても、私はまだ刺されたことがないから死なないとは思うけれど……気にしてくれるその心づかいは、優しいなと思った。蜂は針を刺したら死んでしまうらしいから、自分の命を守るためでもあるのだろう。
「こんにちは、女王様。私はリボン刺繍の二等級魔女アルミラの弟子、クロスステッチの三等級魔女キーラ。単刀直入に言うわ。あなた達の群れを私の箱庭に招いたのは、欲しいものがあるからよ」
『蜂蜜かしら。欲しがる人は多いと、先代の女王から聞いているわ。たまに、子供達を欲しがる人もいるって聞いたけれど……』
「欲しいのは蜂蜜と、蜜蝋ね。この二つをくれるなら、箱庭に後々の女王の代まで置いてあげるわ」
《輝く蜜の雫》は少し考えこんだ後、蜂が飛んで行った花々の方を見た。すでに顔中に花粉をつけた蜂が、ぶんぶんと楽しそうに飛び回っている。
『こんなに沢山花があるなら、魔女様が求める量の蜂蜜はきっと作れるわ。でも、どうやって渡せばいいかしら』
「用意はこれからになるんだけど、巣の枠を一階層用意するから、そこに作ってほしいの。この板の箱は私にくれる分、みたいな」
私は簡単に、人間の蜂飼いがどうやっているかを説明した。巣枠を複数用意して、そこに巣を張ってもらって、蜜でいっぱいになったものをいただく、という仕組みのことを。
『幼虫たちは残しておいてくれるのね?』
「ええ。私達はこうして話せるんだもの、ちゃんと取り決めておけばいいのよ」
『了承したわ。私達の蜜、どうかお使いくださいな』
巣枠を用意するのには少し時間をもらう旨を伝えて、まずは今の幼虫や蜂たちを養ってもらおう方向に動いてもらうことにした。巣板というか、第二の巣のようなものを簡単に用意しておく。今の巣のお尻は少し壊していいということだったので、巣板を連結する形にしよう。
「ありがとう、私は蜂たちの蜜が好きだし、蜜蝋も、魔女には使い道が沢山あるのよ」
『完全に人間や魔女の手元にいて、うまくやっている蜂たちもいるそうね。どんなものなのかと思っていたけれど……これだけ花があったら、いくらでも数を増やせそうだわ』
あんまり増やしすぎると巣を用意しきれないかも、と一瞬思ったけれど、蜂蜜は腐らないから悪くないのかもしれない。女王蜂は楽しそうにしていた。




