第1036話 クロスステッチの魔女、蜂の帰りを待つ
琥珀蜂の巣の一党は、しばらくぶんぶんと中で話し合いをしているようだった。それからしばらくして、蜂の何匹かが巣から出てくる。
『時間、必要、蜜集め、外』
「蜜集め役の蜂がまだ外を飛んでるはずだから、彼女達が帰ってくるまで待っていて欲しいってこと?」
蜂は頷くように体を振った。それは確かに必要だろうと思ったので、私はカバンから小さな椅子を出して座る用意をしつつ、ついでなので《箱庭》の植物の手入れを始めることにする。雑草を抜いて堆肥入れに放り込み、熟した実を摘み取り、一部の枝葉や生え過ぎた芽は間引く。抜いたものは全て堆肥入れに放り込むことで、この《箱庭》の中をぐるぐると回り続ける仕掛けにしていた。たまにタネを結んでいたらしいものは、また生えてくるけれど。何回か生えてくるものの中には、ある意味根負けして、一角を分けてやったものもある。そういえば、そんな感じで生やしておいた効能もわからない草のひとつは、蜜を作るはずだ。
「普通の養蜂の場合、本来なら巣枠を用意して、そこに巣を張ってもらうんだけど……勢いで動いてるからそれっぽいのあるかな」
少なくとも人間の蜂飼いは、蜂を買う時、四角い枠を重ねたような巣箱を作る。その枠の中に巣を張らせて、蜜が詰まっているものを拝借して絞るはずだ。似たようなものなら作れるかも、と思って、魔法のカバンの中をごそごそと漁る。
「確か一応木材が……」
魔法もない安物だけど、何かあった時の家具や箒の一部の代用のために、木材もカバンに入れっぱなしだった。そういうものを取り出してきて、簡単な木枠を複数重ねたものと、それらをくるむような箱を作れないか試してみる。とはいえ、それをしようにも問題はあった。
「元の巣ごと魔法で移せるなら、その方がいいかあ」
蜂蜜が取れるのは来年からでもいい。蜂が落ち着いてくれて、来年も増えるなら、その方が逆にありかもしれないのだ。蜂の群れは大きくなると巣分かれをするから、どうせいつかは、巣箱を複数用意する必要がやってくる――蜂の群れが居着いてくれれば。
椅子の隣に小机を出して、お師匠様の本を広げながらお茶を飲む。巣を移すのにいい魔法を探している間に、ポツポツと蜜集め役の蜂が巣へ戻っていくのが見えた。まだ翻訳の魔法は働いているから、巣の中でどんな話がされているのか、ある程度は聞こえてくる。引越しの話、蜜のある魔女の箱庭の話、その対価が蜂蜜であることも説明しているらしかった。




