第1033話 クロスステッチの魔女、帰り道を飛ぶ
「マスター、皆さん、こちらを見上げています」
「そうね。本当、『開かない賽壺が当たることはない』とは真理だわ」
ルイスは、村が小さくなるまでそちらを見下ろしたりしていたようだった。私は、下を振り返ることはなかった。お別れは、ちゃんと言ったのだから。
「主様、楽しかった?」
「そうね、思ってたより楽しくてびっくりしたくらいよ」
帰る場所があそこではないことを確かめるために、知人が生きているかもしれないうちに確認するための旅だと、そう思っていたはずなのに。
「嫌なことはされたし、みんなが優しくしてくれたわけではない。私があの村で、『村の子供』として他の子と……義兄さんとかと同じように扱われたことはなかった。それも、また事実。
でも、それは私が思っていたようにみんなが私を嫌っていたのとは、少し違った。そういう話だったし、きっとそういうことは……魔女にならなかったら十年は前に、わかっていたことなのかもしれないわね」
風に吹かれる。足元は空に遊び、魔女として箒で空を飛んでいる。これは、まだ、人間にはできないこと。だから、わかるのに余計に時間がかかってしまった。
「あるじさま、これからどうなさるの?」
「とりあえず、あの家に帰るわ。薪や保存食の用意もしたいし、お金も稼がないと」
箒は太陽を見て、南へ飛び出させていた。このままだとうまく帰れるか自信がないので、《探し》の魔法で『私の家』を探させる。そうやって生まれた魔法の刺繍の鳥は、南を目指した。
「やっぱり、私の家はあそこね」
箒に少し魔力を追加して、速度を上げる。来るまでののんびりとた旅路も悪くなかったけれど、私の家を確かめた今、早く帰りたくなったのだ。
「帰ったらまず、しばらく放っていた分の大掃除ですかね?」
「そうね、また、精霊に換気してもらわないと」
今度はちゃんと風の量を調整する。薪は前のがあるけど、最低限の森の手入れになる程度は作る。具体的に言うと、立ち枯れた木の分くらいはもらう。やっぱり、薪がある方が魔法だけより火の持ちがいい。
「食糧品、うまいこと買えるといいんだけど。あの冬の後だったからなあ……」
夏がそこまで暑くないように感じるのは、空の上だからか、北にいるからか、どれが原因かはわからない。とはいえ、そろそろ秋の方が近いから、こんなものなのかもしれなかった。
「いざとなったら、お師匠様に助けてもらうとか……?」
「それはあんまりやりたくないなあ、独り立ちしているんだし」
そんな話をしながら、家に向かって飛んだ。




