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クロスステッチの魔女と中古ドールのお話  作者: 雨海月子
44章 クロスステッチの魔女と彼女の故郷

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1032/1069

第1032話 クロスステッチの魔女、故郷から旅立つ

 その日の夜に村人が集められ、客人を見送るために皆で酒を飲んで挨拶をした。硬いベッドと薄い布団で眠って、出発はその翌朝だった。

 広場に人々が自然と集まり、「いってらっしゃい」とか「また来てね」と声がかけられる。


「また来るつもりよ。いつになるかは、わからないけれど」


 それを不誠実だと言う人はいなかった。魔女は、そういうものだからだ。人間の世界を離れ、好きに飛び回り、美しいものを追いかける。美しいものを作る。瞬きの間に数年を経過させ、元の生まれ育ちから外れて永遠を選んだ。

 人間界の身内に残るのは、ここから魔女が羽化したという抜け殻。本来はそれくらいの関係が、正しいのだと。お師匠様はそう言っていたし、実際にそんな感じでいるらしい。時折、吟遊詩人や語り部が語る物語には、魔女になった姫君やご令嬢の物語があった。しかし彼女達が、家の守護者になる物語はない。村の女が魔女になって故郷の村を守る場合、大抵は幸せになれない物語として終わる。

 人の身に届かない力を手に入れるのは、それで人を守ったりするためではない。人に尽くすためではない。それは最初の頃に、みっちり叩き込まれた。


「サーシャがおばあちゃんになる前には来てね!」


「そのつもりよ」


 私は少女にそう頷き、彼女の後ろにいた二人にも暇乞いをした。


「……芋団子、ありがとうな。村の女のままではできなかったこと、好きにやってこい」


「うん。これでさよならだね、義兄さん」


「ああ……もう会うことは、ほとんどないだろうな」


 これ、と何かを手の上に置かれた。それは、石を彫って作った鳥だった。そういえば、彫刻が趣味の人だった。あの頃は、ほとんど実用品ばかり彫っていたけれど。


「みんなが豆パンを食べなくていい、こういう余暇を少しくらい持てる村。いつかそうなっている姿を、見に来てくれ」


「……わかった」


 好きでも嫌いでもなかったのに、少し寂しいと思う日が来るとは思わなかったな。芋団子のお礼は三人から改めて言われて、少し照れてしまった。振り切るように、箒にまたがる。


「じゃあね! ……楽しく過ごせるとは、思わなかった! 長生きしてよ!」


 バア様も、ネエ様に支えられるようにして人混みの中にいた。別れは昨日済ませていたから、改めて声はかけない。

 私は勢いよく地面を蹴り上げ、魔力を箒に流し込む。ふわりと浮き上がる箒に、誰からともなく歓声が上がった。


「……よかったですね、マスター」


 歓声に紛れて、ルイスの声が聞こえる。それから、私は家より高く浮いて、育った村から離れた。

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