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クロスステッチの魔女と中古ドールのお話  作者: 雨海月子
44章 クロスステッチの魔女と彼女の故郷

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第1031話 クロスステッチの魔女、老婆と別れる

「バア様、私、ここを発つわ」


 私がそう言いに行くと、バア様は酸っぱくしすぎた酢漬けを食べた時のような顔を一瞬した。ネエ様に連れられて玄関先まで出てきて、私の顔を改まった様子でしげしげと眺める。


「……バア様?」


「魔女になったあんたのことだ。もう、会うことはないだろうと思ってね」


「そうね」


 私も顔を見た。昔からすでに歳を取ったような顔をしていると思っていたけれど、やっぱりさらに歳を取っているのがわかる。たとえ来年すぐに来たとしても、バア様はいるかどうか。今、生きていることさえ、ある意味すごいと思ったのだ。間違いなく、この村で一番の年寄りだろう。


「好きなように生きて、綺麗なものを好きなだけ追いかけなさい。あんたのことを――こんなど田舎から出た魔女のことを、好き勝手に語らせてもらうさ」


「たまに帰って、どんな風に語られているか確かめないとね」


 本気で気にした方がいい気がしてきた。語り部は聞いたように語るものだと言われてはいたけれど、たまに話が変わることはあるかもしれないのだ。本はないし、あっても読める人がほとんどいない。聞き取って書き残すこともしていないから、バア様まで引き継がれなかった物語があることは昔に聞いていた。今では名前だけが残っていて、どんな物語なのか、少なくともバア様は知らないと。


「こやつはもう、物語のほとんどを引き継いだ。あと少し語ればよかったんだが……あんたの話を付け足さないとなんだ。そう簡単には死んでられないね」


「長生きなさいな。なんだかんだと今生きているんだから、大丈夫なのでしょう?」


「そんな簡単な話じゃあないさ! その姿で止まっちまったから、この感覚をわかる日はないんだろうね」


 ふとエヴァのことを思い出した。愛した人のために永遠を捨てて、一緒にシワシワの老婆になった彼女のことを。その頃になればきっと、バア様が言いたいことがわかるだろう。


「当分はやめる気ないもの、魔女の暮らし」


「そういう方が魔女らしいさね」


 あんまりしんみりするのは似合わないし、そこまでべったりとした付き合いを子供の頃もしていたわけではない。だから、くるりと踵を返した。


「じゃあね、バア様」


「そうだね。好きなように作って、飛んで、美しいものを好きなだけ追いかけるといい。それだけの時間が、あんたにはあるんだから」


 キーラ、とそれまで黙ってたネエ様が口を開いた。


「ちゃんと、バア様の語りは引き継ぐし、村から魔女が出たってキーラの話もしておくからね。沢山。出稼ぎの男衆とかも覚えるくらい。そしたら、山の外でも知り合いに会えるかもしれないでしょう」


「世界の狭さを実感することになりそうね」


 笑って二人に手を振って、それで別れた。

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